エネルギー・スポット 訪問


  多次元世界  エネルギー・スポット

T.神社 
 地方    神社名
1.北海道
2.東北
3.関東 1.茨城県  皇祖皇太神宮  鹿島神宮
2.栃木県    日光 東照宮
3.埼玉県  氷川神社
4.東京都  皇居
 明治神宮
 東京大神宮
 代々木八幡宮
5.神奈川県  箱根神社、 九頭龍神社、 
4.甲信越 1.長野県  日輪神社
 戸隠神社
2.山梨県  富士浅間神社、 河口浅間神社
5.中部 1.静岡県  富士浅間神社   富士山本宮浅間大社 他、  三嶋神社 
6.北陸  
U.山 等 
 地方    山名
 北海道
 東北  青森県   恐山
 関東  茨城県
 東京都
 神奈川県
 甲信越  山梨・静岡県   富士山
 長野県  位山 分杭峠、  皆神山、
 北陸  富山県・岐阜県   立山   白山   尖山
 東海  静岡県 
V.その他(寺・記念館 他) 
 地方    その他
 北海道
 東北  青森県  イエス・キリストの墓
 関東  茨城県
 東京都  高尾山薬王院
 神奈川県  大船観音寺,
 鎌倉大仏、 長谷寺
 甲信越  山梨県  富士山 鳴沢氷穴
 七福神
 長野県  福来博士記念館
 善光寺
 新潟県  直江津:国分寺・居多ヶ浜記念堂
 北陸  
 東海  静岡県 


※ 《 東日本と西日本の境目 》

 * 地質学的には、新潟県と富山県との境である親不知から静岡県の安倍川に至る大断層線、いわゆる糸魚川静岡構造線(新潟県・糸魚川市〜静岡県・静岡市)が東日本と西日本の境目といわれています。
 当HPでの区別も糸魚川静岡構造線で区別します。 
 * 気象庁の基準では、 東日本 =関東甲信、北陸、東海地方。
                  西日本 =近畿、中国、四国、九州地方。
                 北日本 =北海道、東北地方。
 * NTT : 神奈川県までがNTT東日本、静岡県から西側がNTT西日本。
 * 鉄道 : 在来線の東海道線は、東京―熱海がJR東日本、  熱海―米原がJR東海、  米原―神戸がJR西日本。
        東海道・山陽新幹線は東京―新大阪がJR東海、  新大阪―博多がJR西日本。
 * 電気 : 静岡県の富士川と新潟県の糸魚川を結ぶ線を境界線として、東側が周波数50Hzの東京電力、 西側が60Hzの関西電力。
       〜 明治時代に当時の電力会社、東京電燈が関東でドイツ製50Hzの発電機を、大阪電燈が関西でアメリカ製60Hzの発電機を独自に採用したことに端を発している。
 * 麺の汁 : 東日本は、「鰹だし」+「濃口醤油」 、  西日本は、「昆布だし」+「薄口醤油。
 * カップうどんの味付け : 関が原以東=E、  関が原以西=W  
  ・ カップうどんの味付け(パックにEかWかマークがついている)の境も、関が原。 (W)と書かれたものは西日本向け、(E)と書かれたものは東日本向け。
 * そば・うどんの「たぬき・きつね」の区分け
  ・ 大阪では「キツネうどんの麺」が「蕎麦」に化けたので[タヌキ]?、麺(面)が黒いから[タヌキ]。
  ・ 大阪では、きつねうどん=薄揚げ(味付き)の乗ったうどん。
         たぬきうどん=薄揚げ(味付き)の乗ったそばで、どっちも「うどん」と言うようです。 たぬきがきつねに化けてる。
  ・ 揚げ玉(天かす)をたぬきと言うようで、てんぷらの種抜きからきているようです。
     タネヌキ → タヌキ: 油揚げをきつねと言う。

メニュー 東京 大阪
 天かすの入ったそば  たぬきそば  はいからそば
 天かすの入ったうどん  たぬきうどん  はいからうどん
 お揚げの入ったそば  きつねそば ※ たぬきそば
 お揚げの入ったうどん  きつねうどん  きつねうどん
 刻んだ揚げが入ってるそば  きざみそば
 刻んだ揚げが入ったうどん  きざみみうどん

 * 碓井峠,箱根の関より東が東日本で、鈴鹿峠,関ケ原より西が西日本 その間が”関中”中日本という感覚です。

T.東日本【神社等】

1-3-1【 関東地方 】−《 茨城県 》
(1)皇祖皇太神宮      
    
   “竹内文書”(太古より代々守り続けられてきた古文書と神宝類を含む資料の総称)が保存されている、「皇祖皇太神宮」の参拝記。

 場所 : 茨城県北茨城市
 交通 : 常磐線 磯原駅より徒歩約2分
 車  : 三郷IC  ⇒ (約2時間) 北茨城IC  ⇒ (約5分) 皇祖皇太神宮  
      三郷 〜 北茨城IC 143km     普通車:3,700円、軽:3,000円。
 ・ 当方 軽で、ETC早朝割引利用=三郷〜那珂 1,100、〜北茨城 600 計 1,700円) 
 ・ 神宮内に約10台無料駐車場あり。
 ・ 磯原駅は近代的で、駅前広場も東西共、広く立派な造りで、野口雨情の記念碑等がありました。
 ・ 神宮は広い道路に面しており、分かりやすい。
 ・ 通常は本殿の拝観のみ。こじんまりしてました。
 ・ 御神宝拝観は、特別会員のみ、春季大祭時に可能。(御神宝:ヒヒロガネ製オオトノチの剣、モーゼの十戒石等)


  ※ 皇祖皇太神宮のホームペ−ジ  ⇒ 皇祖皇太神宮

 【平成24年11月2日 】
皇祖皇太神宮 第一鳥居  〃  第二鳥居
 〃 皇祖皇太神宮 入口階段 本殿
 〃  〃  〃
本殿  〃  〃
各大臣案内板  赤池白竜大神 五色商主運大神
天空主大神 皇祖皇太神宮 全景  本殿屋根
 【平成22年11月4日 】
1.磯原駅 西口 2.皇祖皇太神宮 全景  3.皇祖皇太神宮 拝殿
4.御本殿 5.御本殿 6.御本殿
7. 8.北茨城 磯原海岸の朝日  9.北茨城 磯原海岸
 【平成22年11月4日 】 
皇祖皇太神宮 全景  皇祖皇太神宮 拝殿  御本殿
 行事  入口
 御本殿
各大神   〃 五色
 天津  赤池 天津


(2)鹿島神宮 
    
 ・ 東国最古最大の神社“鹿島神宮”。“鹿島神宮”の総本山。
 ・ 伊勢神宮・香取神宮とともに、明治維新前に「神宮」を名称に使用していた三社のうちの一社にあたる。
 ・ 鹿島神宮の御祭神 = 武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)
   ⇒ 天地の始めの時になりませる高皇産霊神と天照大御神の命を受けて、日本の国譲りと神武天皇の東征を成功に導かれ、日本統一の大業を成し遂げた建国の大神。
 ・ 鹿島を本源として、未開の関東地方の開拓と鎮撫に当たった。
 ・ 紀元前660年(皇紀元年)頃、初代神武天皇が東征で窮地に陥ったときに武甕槌大神がふつ霊剣(ふつのみたまのつるぎ)の神威で救った。
 ・ 天皇は、神恩に感謝して即位の年に使を鹿島に送り神宮を創建した。
 ・ 以来東国最古最大の神社とされ、東国三社の一つに数えられている。
 ・ 80以上もある年中行事の中では祭頭祭、神幸祭、また12年に1度午年ごとに行われる御船祭が特に有名。
 ・ 祭神は香取神宮の経津主神(ふつぬしのかみ)とともに、天孫降臨に先立ち国譲りの交渉をしたといわれる武甕槌神(たけみかづちのかみ)。武の神として古くから皇室や藤原氏の崇敬を受け、さらに鎌倉期以降は武家政権の信仰も得て、社殿・桜門・宝物類の奉納や所領寄進が繰り返されてきました。
 ・ “桜門” : 寛永11(1634)年、徳川頼房公が奉納したこの門は「日本三大楼門」の一つ。緑の中にひときわ朱色が鮮やかです。なお、「鹿島神宮」の扁額は東郷平八郎元帥の直筆によるものです。
 ・ “拝殿” : 社殿は元和5(1619)年、徳川秀忠公より奉納されたもので、桃山期の極彩色が鮮やか。本殿・幣殿・拝殿・石の間のいずれもが国の重要文化財指定を受けています。
本殿が北向きに建てられているのは武神の霊力を蝦夷の住む東北地方に及ぼすため。社殿の背後にある杉の巨木は樹齢1,200年と推定されるご神木です。
 ・ “奥宮” : 慶長10(1605)年、徳川家康公が奉納した本殿を元和の造営の際に引き遷したもので、需要文化財に指定されています。
奥宮の前にある芭蕉の句碑の上部の穴は、耳を近けると「海の音」が聞こえるといわれています。
 ・ “要石” : 地震を起こす大なまずの頭を押さえているといわれる霊石です。いくら掘っても全容は堀り尽くせないといわれ、“鹿島の七不思議”にも数えられています。

 * 商売繁昌・仕事運アップ・成功運アップパワースポットとなっています。 武道や競技(スポーツ)、政治などの必勝成就家内安全・安産・旅行安全・五穀豊穣・殖産・事業の創業・新規開拓・開運にもご利益があるとされています。
 * “鹿島神宮の森” : 森の中の随所にパワースポットというのか、天からの通い路が降りていて、全体で鹿島の神域を作っているそうだ。
 * “要石”: 伝説によると、「17世紀に当時の封建領主が、6日6晩ものあいだ、剣の周りを掘らせたが、結局剣の先には届かなかった」といわれています。
また、地底の大ナマズを押さえる石で、鹿島地方には地震が起こらないと言い伝えられています。(七日七晩掘っても底が確かめられないといわれる。)
この岩が地震を起こすナマズの頭を押さえていてくれているおかげで鹿島地方には大きな地震がないと言われています。
    大地の安全と、お参りに来たあなたを安定に導く力を持っています。
 * “御手洗池(みたらしのいけ)”: 御手洗池(みたらしのいけ)誰が入ってもバストの深さを超えないという不思議な池です。 

 場所 : 茨城県鹿島市宮中
 交通 : JR 鹿島線 鹿島神宮駅より徒歩約7分
 車   : (湾岸)市川IC  ⇒ (約1時間) 潮来IC  ⇒ (約10分) 鹿島神宮  
       湾岸市川 〜 潮来IC 75km     普通車:2,300円、軽:1,900円。
     ・ 神宮鳥居手前徒歩5分弱に広い無料駐車場、神宮鳥居直前に有料駐車場あり。

  (〜鹿島神宮HP、フリー事典等より)
   ※ 鹿島神宮のホームペ−ジ  ⇒ 常陸国一之宮 鹿島神宮

 * 奥宮の裏の杉の大木と、要石付近の雰囲気が“癒し”を感じました。

 【平成25年 2月 9日 】 参拝
 参道入り口  案内  〃
 案内  大鳥居再建中 お神札のまつり方
 桜門入口側  〃  〃 内側
 桜門  御神木の杉(樹齢 1,200年)  鹿島神宮
 拝殿  〃  〃
 〃  仮殿  〃
 摂社 高房社  参道  杉と楠木の共生木
 〃  神鹿  〃
 末社  奥宮  〃
奥宮裏の御神木  塚原卜伝案内
 〃  要石  〃
 要石  〃  さざれ石
さざれ石  国旗説明
  【平成18年 2月 7日 】 参拝 
1.神宮鳥居 2.楼門(ろうもん) 3.御本殿

 1-3-2【 関東地方 】−《 栃木県 》
(1)日光 東照宮      
    

 ・ 「日光東照宮」は1617年に、徳川家康公を祀る神社として、2代将軍徳川秀忠公により建てられました。その後、1634年〜1636年にかけて、3代将軍徳川家光公により造替されました。 現在そのほとんどの建築物などが、 国宝や重要文化財に指定され、1999年には、世界遺産にも登録されました。  ・ 日光東照宮は江戸城(現在の皇居)の真北にあり、北の守りを固める重要な位置にあります。 風水・陰陽道のさまざまな手法を使って、運気の良い場所、大地のエネルギーがみなぎる場所に造り上げられたパワースポットとなっています。
 場所 : 栃木県日光城市
 交通 : 日光駅よりバス、東照宮西参道 約2分
 車 : 宇都宮ICから日光宇都宮道路に入り、日光IC出口から2km。


※ 《 パワースポット 》 
 ・ 女峯山・太郎山とともに日光三山と呼ばれ、神体山ともい、山全体が強い霊気に満ちている。
 ・ 東照宮のある日光山は、古代から修験道の霊場となっており、日光山は、男体山とも二荒(ふたら)山とも呼ばれる。

※ 日光東照宮の3大強烈パワースポット
(1).北辰の道の起点 
* 北辰
 ・ 龍道、つまり生気のルート、エネルギーの通り道のこと。 
 ・ 唐銅門の手前に、陽明門が唐銅門にすっぽり入るように見える場所。
 ・ 奥宮から本殿・陽明門を通り、江戸(東京)へ生気(エネルギー)を送るルートの上にあり、生命力の集結点。
(A).奥宮 
*  徳川家康の廟所(お墓)のある。
 ・ 奥宮の一帯は、生気(エネルギー)の発生地。 
 (3).龍道 
* 「眠り猫」の彫刻の先から坂下門を通り、奥宮へ向かう道。
 ・ 龍道、生気の通り道。 
※ その他のパワースポット 
 ・ 奥宮宝塔:徳川家康の廟所(墓所)にある。
 ・ 叶い杉:奥宮宝塔の真横奥にある杉の古木。
 ・ 井戸:奥宮拝殿近くにある井戸。
 ・ 上神道(かみしんみち):東照宮から日光二荒山神社へ行く参道。
 ・ 日光二荒山神社:古代からの祭祀場であり、修験道・山岳信仰の霊場。 二荒山神社の中宮祠。
 ・ (華厳滝、竜頭滝、湯滝):奥日光の三名瀑と言われる3つの滝。

 ・ 日光東照宮は、徳川家康公の意図により、風水・陰陽道のあらゆる手法を駆使して、運気の良い場所に造り上げられています。 本殿前の陽明門とその前の唐銅鳥居を中心に結んだ上空に北極星(真北)があり、その線の真南に江戸がくるように造られていています。これが「北辰の道」です。 北辰の道の起点(陽明門前の唐銅鳥居の手前)が、気学における四神相応の土地相で、日光東照宮で一番有名な強力パワースポットになっています。  ・ 主要な建物を線で結ぶと、北斗七星の配置になるように造られていています。 さらに、日光東照宮全体でなんと5173(!)もある彫刻のすべてに意味があるとされています。 
  
* 参考・引用HP
  ・  
日光東照宮のパワースポット 強いエネルギーの場所を教えちゃいます!   
  ・ 
日光東照宮のパワースポットの石畳の場所と効果!待受画像でご利益UP
  ・ 
日光 東照宮へ行こう|強力なパワースポット日光を巡る - 奥日光小西ホテル
 ・ 
日光東照宮にパワースポットが??東照宮のパワー ... - 日光東照宮-御朱印 

 【 H30.6.16 訪問 】
 日光 東照宮 参道 入口  〃  仁王門 仁王様
 表参道  〃  〃
 〃  表門  上神庫(かみじんこ)
上神庫(かみじんこ)  〃  神厩舎(しんきゅうしゃ)
 神馬を繋ぐ三猿彫刻 - 1  〃 -2  〃 -3
 〃 -4  〃 -5  〃 -6
 〃 - 7  〃 - 8  陽明門前(ようめいもんまえ)
 御水舎(おみずや)
 鉄燈篭  鐘楼(しょうろう)  陽明門(ようめいもん)
 陽明門  〃 徳川家康像  〃
 〃  〃  唐門
 〃  〃  眠り猫の絵馬
 奥宮参道  奥宮拝殿  奥宮宝塔
 叶い杉  奥宮   唐門
 叶い杉  鐘  楼
 五重塔  参道  神橋


T-3-3【 関東地方 】−《 埼玉県 》

(1)氷川神社
  
* 大宮氷川神社は武蔵国一宮で全国に280社あるといわれる氷川神社の総本社。
・ 第5代孝昭天皇の創建と伝えられていて、2000年以上の歴史をもつ古社となっています。
・ 大宮の地名も氷川神社を「大いなる宮」と称えたことに由来するといわれる一大パワースポット。
・ 大宮氷川神社は「四方拝」の社とされてる。
・ 中世以降は鎌倉幕府や足利氏、北条氏、徳川将軍家に厚く信仰され、1180年には源頼朝が社殿を再建したと伝えられています。1596年には徳川将軍家が社頭を造り、1667年には社殿群を建立しています。
・ 平成二十九年には明治天皇御親祭150年祭が斎行。
・ 御祭神 〜 須佐之男命(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)。 
・ さいたま市の「大宮」の地名は、当社を「大いなる宮居」と称えたことに由来する。埼玉県周辺の広域から参拝者を集め、正月三が日の初詣の参拝者数は全国10位以内に数えられる。
・ 東京近郊で2017年参拝のおススメ神社」の第一位。
・ 氷川神社の参道は中山道から南北に2km伸び、両側に美しいケヤキ並木が並んでいます。直線の参道では日本一の長さ。
・ 参道の樹木は、ケヤキが約65%、次いでスダジイが約10%、そのほかクスノキ、エノキ、サクラなど37種類の樹木で構成されています。そのうち20本が市の天然記念物として文化財指定され、また市の保存緑地指定を受けております。  

※ 《 パワースポット 》 
* 神池
 ・ 神橋の架かる「神池」は最強のパワーが宿るといわれています。霊能者の江原さんが龍が棲む池としてパワースポットだと言っていたことで有名な池です。
 ・ 
* 「蛇の池」
 ・ この地に大宮氷川神社を鎮座することになったと伝えらています。
 ・ 「蛇の池」につづく道のりには龍神=水神とゆかりの深い「御神水」「御神井」など水にかかわるパワースポットも点在しています。

* 参考HP
  ・ 
武蔵一宮 氷川神社
  ・ 
ご利益倍増!さいたま市「大宮氷川神社」の隠れパワースポット | 埼玉県
  ・ 武蔵一宮氷川神社 / 埼玉県さいたま市 | 御朱印・神社メモ

 【 H29.11.11 訪問 】
 氷川神社参道 入口  絵巻  戦艦武蔵の碑〃
 お神楽舞台  奉納  神橋&神池
 桜門  蛇の池  〃  源流
 蛇の池  この先立ち入り禁止   蛇の池泉
 桜門  七五三お祝い  〃
 菊展示  〃  氷川神社参道入口

 【 H29.10. 8 訪問 】
 氷川神社参道 入口  〃  〃
 氷川神社参道  〃  〃
 氷川神社参道  〃  〃
 氷川神社参道  〃  〃
 戦艦武蔵の碑  奉納酒樽
 天津神社  松尾神社  絵
 神橋  桜門  社殿(拝殿・本殿)
  本殿回廊  舞殿  舞殿
  授与所   拝殿  拝殿内部
 七五三お祝い



T-3-3【 関東地方 】−《 東京都 》
1)皇居

 場所 : 東京。
  ・ 第二次世界大戦後に宮城(きゅうじょう)の名称が廃止された東京の江戸城跡一帯を指して皇居と呼んでいる。
英名は「The Imperial Palace」。天皇の住居である「御所」、各種公的行事や政務の場である「宮殿」、宮内庁庁舎などがある
  ・ 皇居前広場の一番人気の観光スポットは、何といっても二重橋を眺める景観です。国内はもちろん海外の多くの観光客が訪れています。
本来の「二重橋」は、この「皇居正門石橋」の奥に架かっています。
 ・ 皇居は天皇皇后両陛下がお住いの御所や宮殿そして宮内庁庁舎などの建物がある「吹上御苑地区」と東側の江戸城跡の「皇居東御苑地区」 
 ・ 参観は平日に限り、許可制になってます。
 ・ 皇居外苑は、「国民公園」です。
 ・ 国民公園は昭和24年(1949年)に「旧皇室苑地」が公園として開放されたもので、皇居外苑、京都御苑、新宿御苑の3苑からなっています。
 ・ 皇居外苑は、皇居外苑地区と北の丸地区、皇居を取り巻くお濠と堤塘の外周部からなっています。 
北の丸地区は昭和44年に国民公園皇居外苑に加えられました。
 ・ 皇居外苑全体の広さは約115haで、皇居の広さ約115haとほぼ同じ広さです。両者を合わせると約230haで、東京ドーム約49個分の広さです。
 ・ 皇居外苑は、皇居の森や隣接する日比谷公園とともに都心最大の緑地と水辺を形成し、公園としての利用だけでなく、自然環境保全及び
都市景観保全上重要な地域となっています。
       (〜フリー事典等より)
 【皇居訪問】 
 ・ 恒例の正月二日の一般参賀に出かけました。
 ・ 最近は警備が厳しく、一人一人荷物検査と、身体検査を受けるため、皇居正門(二重橋)から入って、新宮殿までに約30分かかりました。
 ・ 晴天に恵まれ、全国から大勢の人達がやってきました。 意外と外国人が目立ちました。
 ・ 11時10分の第2回目のお出ましを受けました。(5回あり)
 ・ いつもと同じようなお言葉ですが、やはり国民の平安を心から祈っておられる気持ちがひしひしと感じられ感慨無量になりました。
 ・ 皇居はエネルギー波動が極めて高いようで、気持ちが洗われるようです。
 ・ 最近はマラソンブームの影響で、“皇居ランニング”が盛んで、地方から観光を兼ねたり出張ついでに走りにやってくる人が増えているようです。

 【 H26. 7. 5 訪問 】 皇居一周ジョギング
  マナー  : 皇居外苑 桜田門前広場  〃    皇居外苑 桜田門前広場
 皇居警察騎馬  伏見橋  〃
 新宮殿 : 宮殿長和殿と東庭。  お出まし  〃
 竹橋駅前  震災イチョウ:大正十二年、(1923)九月の大震災で焼けたが奇跡的に生き延び復興への希望を与えた。
 和気清麻呂像  〃  平川門 : 大手濠
 北桔門  平川濠  乾濠
 笛を吹く女性の像「森の調べ」
 ヒルガオ : 半蔵濠    桜田濠
 桜田門  桜田門


 CS−1皇居−2 H26.4.7 撮影
  ※ 天皇陛下の傘寿(80歳)を記念して、皇居内の乾通り(皇居内を南北に走る約600メートルの並木道。)を今春と今秋のみ特別公開。 
  * コース= 坂下門 → 乾門。 。
  * 公開日= 春季: 2014年4月4日(金)から4月8日(火)の5日間。→ 総計約38万人訪問。
            秋季:  〃 11月下旬から12月上旬の土曜日及び日曜日を含む5日間。
  * 乾通りの両側 〜 両側にさくら,もみじ,松を中心にさまざまな樹木が混植され,本丸側の石垣と濠,吹上御苑側の樹林を背景に,四季を通して
美しい景観を楽しめる並木道になっている。特に,春の桜と秋の紅葉の時期は美しい。
    坂下門から乾門までは約750mである。 ソメイヨシノ、シダレザクラなど約80本の桜が植えられている。
 二重橋  吹上御苑  東宮御所
 宮内庁庁舎  蓮池濠方面  富士見櫓
 乾通りの蓮池濠側の桜  皇居内の通り 〜新宮殿方面
 乾通りの松&桜   乾通りの松  乾通りの樹木
 乾通りの桜  石垣と濠  富士見多聞
 乾通りの並木   乾濠付近  乾濠
 乾濠  吹上御所付近  サトザクラ  〃  もみじ
 乾門出口付近の  シダレザクラ  〃  大島桜  〃  モクレン
 〃  アカヤシオツツジ  江戸城 配置図
 ヒメシャガ  ハナモモ  〃
 乾門
 ハナモモ  天守台  〃
  石垣修復 説明板  〃  〃
 説明板  ボケ  ぎょいこう桜
  ぎょいこう桜  旧大手門の鯱  〃
  ※  ぎょいこう桜   ギョイコウ(御衣黄)  ⇒ ⇒  オオシマザクラ系のサクラで、4月下旬頃に緑色の花を咲かせる。
    花が開いたときには緑色であるが、次第に緑色は薄れて黄緑色から黄色になり、やがて中心部が筋状に赤くなる。
    花の色が高貴な貴族の衣裳のイメージがあり、御衣黄の名前が付いた。

 【 H23. 1. 2 訪問 】
   皇居東御苑   〃
 皇居警察騎馬  伏見橋  〃
 新宮殿 : 宮殿長和殿と東庭。  お出まし  〃
  〃  宮内庁庁舎  坂下門
 外堀  〃

2)明治神宮
 
 【 明治神宮 】
 ・ 大正9年に創建された、明治天皇・昭憲皇太后を祀る神社。例年初詣の参拝者数が日本一(例年約300万人)ということでも知られている。
 ・ 明治45年7月30日に明治天皇、大正3年4月11日には昭憲皇太后が崩御になりましたが、国民から御神霊をお祀りして、御聖徳を永遠に敬い、お慕いしたいとの熱い願いが沸き上がり、大正9年11月1日(1920年)に両御祭神と特にゆかりの深い、代々木の地に御鎮座となりました。
 ・ 明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっている。
 ・ 内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林で、面積は70万平方メートル、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれている。
 ・ 初詣は例年日本一の参拝者数を集める神社としても知られます。そのほか、大相撲横綱土俵入りや、こどもの祭まで幅広い祭典と行事、厄祓い、祈願をとりおこなっております。加藤清正が掘ったと言われる清正の井や明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた、美しい花菖蒲など、多くの見どころがあります。
 ・ 本殿を中心に厄除・七五三などを祈願を行う神楽殿、「明治時代の宮廷文化を偲ぶ御祭神ゆかりの御物を陳列する」宝物殿、「御祭神の大御心を通じて健全なる日本精神を育成する」至誠館などがある。
 ・ 明治神宮御苑(通称、神宮御苑)は江戸時代から大名下屋敷の庭園として使われ、明治時代に宮内省の所轄となり、代々木御苑と呼ばれて、明治天皇、昭憲皇太后が行かれたゆかりの深い名苑である。苑内には隔雲亭、お釣台、あずまや、菖蒲田、清正井などがある。菖蒲田のハナショウブ(花菖蒲)は明治天皇が昭憲皇太后のために植えさせられたといわれ、6月が最盛期である。 
 ・ 本殿を包むように生い茂る約17万本の木々は、全国各地からの献木で、参道沿いにも緑があふれている。
このお正月は、この境内での役目を終えた神木をつかってつくられた開運木鈴「こだま」が人気を呼びそう。原宿という土地がら、若者の参拝者が多いのが特徴。
 明治天皇と昭憲皇太后の神霊をまつるため、大正9年11月1日に、縁の深い代々木の地に創建された。

 《 清正井(きよまさのいど) 》
 ・ 神宮御苑の一つの井戸であった清正井(きよまさのいど)が、2009年(平成21年)12月25日から突如、清正井目当てに行列が延々と続く事態が続いている。
これは、前日のテレビ番組にて、手相芸人の島田秀平が清正井の御利益について力説していたことが原因である。
これ以降、清正井はパワースポットとして注目を浴びることとなった。 参拝者は清正井を携帯電話のカメラ機能で撮ったりして、待ち受け画像にしているという。
 ・ 江戸初期より約300年、こんこんと絶え間なく湧き水を溢れさせてきたその井戸は、「土木の神様」と呼ばれる戦国武将・加藤清正が掘ったといわれています。
 計算しつくされた巧妙な掘り方と、都内屈指の水質のよさが、雄大な自然のエネルギーと調和し、井戸そのものにパワーがもたらされたのでしょうか。
ふらりと気軽に立寄ることができる、都内でもっとも支持されているパワースポット。
 ・ この清正井という“泉”だけでなく、明治神宮の“森”の厳かさ、すべてが神秘につつまれています。
 ・ 東京都の調査では水温は四季を通じて15度前後と一定していて、毎分60リットルの水量があり、昔から「清正井(きよまさのいど)」といわれ加藤清正が自ら掘ったとされています。
            (〜フリー事典等より)

 【明治神宮 訪問】 


  【 平成29年 (2017年) 】
    H29.1.2 訪問
 原宿駅(南参道)からの入口の大鳥居 御社殿(本殿)  〃
南神門  酉年  各種お札
 〃  〃  〃
 〃  〃  〃


  【 平成27年 (2015年) 】
    H27.1.5 訪問
南神門 御社殿(本殿) ヒツジ年 厄年等案内板
鳥居に取り付けられた大絵馬 正月祝酒だる
  【 平成26年 (2014年) 】
      H26.6.30 訪問
 原宿駅(南参道)からの入口の大鳥居  二番目の鳥居  “祈りの力を次の百年へ”
 明治神宮の自然  明治天皇 崩御  明治神宮
 明治神宮 鎮座 大正9年  皇室活動〜世界へ救護  文化を継承
 昭憲皇后 百年再  南神門
 御社殿(本殿)  〃  〃
 廻廊  〃  神楽殿
 御社殿(本殿) 御神木  酒樽
 H23.1.2 訪問
 原宿駅(南参道)からの入口の大鳥居  二番目の鳥居   正月祝酒だる
 ウサギ年 厄年等案内板  三番目の鳥居  南神門
 御社殿(本殿)  〃  南神門(本殿側)
 神楽殿  鳥居に取り付けられた大絵馬

  H22.11.16  訪問
 H22.11.16  南参道の大鳥居  次の大鳥居   南神門
 手水舎  南参道の菊祭り  本殿
  南神門の菊  〃
 清正の井戸  〃


3)代々木八幡宮
 
 【 代々木八幡宮 】(よよぎはちまんぐう)
 ・ 住所:〒151-0053 渋谷区代々木5-1-1
 ・ 小田急線の代々木八幡駅、東京メトロ千代田線の代々木公園駅から徒歩5分。 山手通り(317号線)に八幡宮の参道前バス停。
 ・ 鎌倉時代の創建で、約800年前。
 ・ ご祭神 ・・・ 八幡宮: 応神天皇、 天祖社: 天照大神、 白山社: 白山大神。
 ・ 明治神宮の裏鬼門にあたるパワースポット。
 ・ 鎌倉時代の初期(1212年)、源頼家公に由縁(ゆかり)のある武士、荒井外記智明(ともあきら)によって創建された。
 ・ 木々が鬱蒼と茂る境内には縄文時代の堅穴式住居(復元)などがある。
 ・ 鎌倉時代、源頼家の側近である近藤氏の家来に荒井外記智明(あらいげきともあきら)という者がいた。
頼家暗殺後は出家し、代々木野の地で隠遁生活を送っていたが、1212年のある日、夢の中で八幡大神から託宣と宝珠の鏡を受ける。
そこで鶴岡八幡宮を勧請した小さな祠を建てたのがはじまりとされる。
 ・ 後に代々木村にあった天祖社(天照大神)と白山社(白山大神)が配座に祀られるようになった。
 ・ 応神(おうじん)天皇が「厄除開運」の鎮守の神として、祀られている。
 ・ 1950年には縄文時代の堅穴式住居が発掘された。

  (〜フリー事典等より)

訪問 : 2011.(H23)6.24(金)
 正面入り口     社殿
 本殿  〃  参拝の仕方
 堅穴式住居  〃


4)東京大神宮
 
 【 東京大神宮 】(とうきょうだいじんぐう)
 ・ 住所   東京都千代田区富士見二丁目4−1 
   最寄駅  JR中央・総武線「飯田橋駅」西口より徒歩3分、 地下鉄有楽町線・南北線「飯田橋駅」B2a出口、 地下鉄東西線・大江戸線「飯田橋駅」A4出口より徒歩5分
 ・ 天照皇大神・豊受大神を主祭神とし、天之御中主神・高御産巣日神・神御産巣日神・倭比売命を相殿に祀る。 
 ・ 「東京のお伊勢さま」と親しまれる。
 ・ 結びの働きを司る造化の三神が併せ祀られていることから、縁結びのご利益があるとされ、恋愛成就のパワースポットとして人気を集める。
また東京大神宮は神前結婚式を創始した神社でもあり、現在も神前において伝統的な結婚の儀式が執り行われている。
 ・ 「恋みくじ」や「花みくじ」、月がわりの「花絵馬」などがある。
 ・ 東京大神宮は「東京のお伊勢さま」と称され親しまれていますが、伊勢両宮(内宮と外宮)の御祭神である天照皇大神と豊受大神、さらに倭比賣命を奉斎していることによります。
 ・ 天地万物の生成化育つまり結びの働きを司る造化の三神が併せまつられていることから、近年縁結びに御利益のある神社としても知られ、良縁を願う若い人たちのご参拝も年々多くなっているなど、その御神徳は実に広大無辺なものがあります。
   (〜フリー事典等より)
 *東京大神宮HP  ⇒ ⇒   東京大神宮

 H27.4.2 訪問
 H24.8.9 訪問
     

1-3-4【 関東地方 】−《 神奈川県 》

(1)九頭龍神社
  
  “九頭龍神社”の参拝記。(H19.6.13)

 由来  ⇒ ⇒ 『その昔、人民に被害を与えていた毒龍に対し、萬巻上人が湖中に石壇を築いて調伏の祈祷を行ったところ、毒龍 は形を改め、寳珠并に錫杖を捧げて帰依し、龍神となりました。』 今では、多くの人々に開運隆盛はもとより金運守護、商売繁盛、縁結びの龍神様として崇められています。
   〜 九頭龍神社本社のHPより

【 訪問 】
 ・ 龍神さまを祭っている神社で、縁結びのご利益があり、全国に龍神さまを祭った神社うち、N0.1のパワーだそうです。
 ・ 芦ノ湖湖畔に位置する九頭龍神社本社、箱根神社境内に位置する九頭龍神社分社がある。 他に東京都檜原村、京都左京区八瀬、長野県戸隠にも九頭龍神社神社があります。
 ・ この度、年一度行われる大祭に参拝。  毎月13日は月次祭 (つきなみさい:毎月行われる神事)が行われてます。
 ・ 品川から小田原まで1時間15分、(新幹線では30分)。
 ・ 小田原からは、ノンストップで参拝船の出る元箱根行の九頭龍神社参拝バスが、小田原駅東口5番乗り場から出発。
   乗り場で切符を購入(往復1,500円:路線バスでは片道1,150円)乗車。7:45発。増発便があり座れました。乗車時間が長いので出来れば座りたい。
 ・ 約1時間強の乗車、峠を越えて9時に元箱根着、目前の参拝船乗り場へ行き、乗船券を購入(「芦ノ湖遊覧通行手形」1,000円)。
 ・ 同時に、奉賛用紙(封筒型ののし袋で、ご祈祷申し込み書を兼ねた物)と供物(九頭龍さんへのお供え)をもらい、名前・住所とお祈りの言葉を奉賛用紙に記入し、初穂料を入れて渡す。
 ・ 9:30に出航する九頭龍神社参拝船に乗船。満員状態(約700名)で、約20分の船旅。
 ・ 甲板へ上がり、箱の神社の鳥居や海賊船や富士山の景色を眺めながらの船旅を気持ち良く過ごす。
 ・ 桟橋に到着後、細い未舗装遊歩道(参道)を行列状態で歩く。約10分弱で、行列が止まったので前方を覗くと、鮮やかな朱色の予想以上に小じんまりした
社殿に到着。
 ・ 神事が10:00から11:30頃まで行われた。(10時00分〜九頭龍神社例祭、11時00分〜弁天社例祭、11時30分〜白龍神社例祭)
 ・ 約1.300人の参拝者でギッシリ埋め尽くされていました。
 ・ 神事を行っている間は、巨大な龍が降りてくるようですが分りませんでした。神事中がエネルギーレベルが最高のようです。
 ・ 3人の神官が早口で延々1時間、次々と祈願を読み上げる。全員の分を読み上げるので少々飽きますが皆黙祷、我慢。
 ・ その後巫女さんの舞、代表者の玉串奉納、その後、一般参拝者が順番に社に参拝。
 ・ 社殿での参拝後、すぐ下方にある弁天社に参拝。その後、湖に「御供」(ごく)をお供える。入船時にもらった小豆ともち米が入った「御供」の袋から出し、
小豆ともち米を右手のひらに載せ、半円形に、のの字を描くようにして、芦ノ湖湖畔に撒き祈祷しました。本来は、「玉子」や「スルメ」「お酒」でしたがH16.9より環境汚染配慮の為、小豆ともち米に代わったようです。
 ・ 最後に、遊覧船桟橋近くにあるこじんまりした白龍神社に参拝しました。
 ・ 霊水は、分社(箱根神社境内)の方がエネルギーが高いそうなので分社で汲むことにしました。     
 ・ 帰りの船の時刻は 11時55分と12時35分の2便になり(2007.6.13現在)、この2便に乗り遅れると、徒歩で帰らなければならなくなるので、注意。
(大祭時は13時05分の増便。)
 ・ 参拝船は箱根関所跡→元箱根と経由するので、箱根関所跡で下船。箱根関所跡を観光後、箱根神社まで歩く。

 * 大祭、月次祭はやはり混雑し過ぎです。ゆっくり静寂な雰囲気の中で、神霊のエネルギーを受け取るには平日に限るようです。
 * 平成18年秋、樹木園の通年営業開始に伴い、普段の日も陸路(ザ・プリンス箱根の横)から、樹木園を通って、九頭龍神社へのお参りが可能になりました。
13日の祭典日以外は樹木園への入園料¥300円が必要だそうです。

 
  九頭竜神社 HP  ⇒ ⇒   箱根 九頭龍神社  
  九頭竜神社参拝レポートのHP  ⇒ ⇒  箱根 九頭龍神社参拝レポート 

 【平成19年 6月13日 】 参拝
1.乗り場より 2.乗り場 3.箱根神社
4.箱根神社の鳥居と神事用の船着場 5.九頭龍神社参道 6.九頭龍神社
7.九頭龍神社 8. 〃 9. 〃
10.〃小さな社殿 11. 〃 社殿上部の枠に輝く銘板 12. 〃    社殿内部の鏡、竜の軸。
13.白竜神社参道 14.搭乗した遊覧船 15.箱根関所

 
(2)箱根神社    
 “箱根神社”の参拝記。(H19.6.13) 
 由来  ⇒ ⇒ 古代からの山岳信仰の霊地。
   『箱根神社は、古来、関東総鎮守箱根大権現と尊崇されてきた名社で、交通安全・心願成就・開運厄除に御神徳の高い運開きの神様として信仰されています』。 〜 箱根神社公式HPより
【 訪問 】
 ・ 御祭神は、箱根大神(ハコネノオオカミ)様をお祀りしています。 箱根大神様とは、御三神の総称。
 ・ 九頭龍神社分社があります。
 ・ 霊水が出ているのは、分社(箱根神社境内)の方です。
 ・ 九頭龍へ参拝後、箱根神社を参拝するのが最高に効果が上がるようです。
 ・ 晴天に恵まれ、九頭龍神社参拝後、箱根関所跡を観光後、箱根神社まで歩く。

 【平成30年 3月17日 】 参拝
 箱根神社  〃  箱根神社本殿。
 案内板  〃  〃
 九頭龍神社  安産杉  観光船&鳥居
 九頭龍神社の鳥居   池  箱根外輪山


 【平成19年 6月13日 】 参拝
1.箱根神社 2. 〃 3.箱根神社本殿。
4.箱根神社本殿。 5.霊水汲み所 6.

1-4-1【 甲信越 】−《 山梨県 》 

(1)−1 北口本宮冨士浅間神社

 北口本宮冨士浅間神社(きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)】  
   由来  ⇒ ⇒社記によれば、富士山の大噴火を恐れる人々の心を静めるために、垂仁天皇の御代に勅令をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったのがはじまりとされています。1615年(元和元年)に建立された本殿には、 木花開耶姫命、彦火之瓊瓊杵命、大山祗命の三神が祀られています。
随所にちりばめられた極彩色、漆塗り、飾り金具、桃山時代の面影を残す建築は見事です。天照大神を祀る西宮本殿は、室町時代の優美な造りで、
装飾は本殿と同じ手法がほどこされています。 東宮本殿は、北条義時が創建した1561年に、武田信玄が川中島の勝利を祈願して再建されたと伝えられるものです。
 ・ 祭神の彦火火出見命は、富士権現と呼ばれ、三殿の中では最も古い建造物で、構造や彫刻などに室町時代の手法をとどめています。
本殿、西宮本殿、東宮本殿共に国の重要文化財に指定された見応えある建築です。拝殿の前の両脇には「富士太郎杉」「富士夫婦檜」の名を持つ御神木があります。 
   〜 富士吉田市のHPより
 ・ 主祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめのみこと)、夫神の彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)と父神の大山祇神(おおやまづみのみこと)を共に祀っている。  
 ・ この神社から富士山頂へと続く一本の道は、富士山登山道の北口(吉田口登山道)の起点にあたり、吉田口登山道として古来より多くの人々に親しまれ、関東方面からの登山者にとっての中心的な登山口であった。江戸時代には富士講が流行し特に富士講の参詣者を集めた。

  ※  社記によれば、富士山の大噴火を恐れる人々の心を静めるために、垂仁天皇の御代に勅令をもって火山鎮護の神、木花開耶姫を祀ったのがはじまりとされています。
1615年(元和元年)に建立された本殿には、木花開耶姫命、彦火之瓊瓊杵命、大山祗命の三神が祀られています。
随所にちりばめられた極彩色、漆塗り、飾り金具、桃山時代の面影を残す建築は見事です。天照大神を祀る西宮本殿は、室町時代の優美な造りで、装飾は本殿と同じ手法がほどこされています。
東宮本殿は、北条義時が創建した1561年に、武田信玄が川中島の勝利を祈願して再建されたと伝えられるものです。
祭神の彦火火出見命は、富士権現と呼ばれ、三殿の中では最も古い建造物で、
構造や彫刻などに室町時代の手法をとどめています。本殿、西宮本殿、東宮本殿共に国の重要文化財に指定された見応えある建築です。
拝殿の前の両脇には「富士太郎杉」「富士夫婦檜」の名を持つ御神木があり、その大きさは、見事というしかありません。 
 * 祀られてる神様。 :  木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、天孫彦火瓊々杵尊(てんそんひこほのににぎのみこと)、大山祗神(おおやまずみのかみ)の3体。
(天孫彦火瓊々杵尊は木花開耶姫命の夫)
 *  東宮 本殿 : 祭神・天津彦火瓊々杵命は、富士権現と呼ばれており、東宮は三殿の中では最も古い建造物で、構造や彫刻などに室町時代の手法をとどめている。
    本殿左側にある。1223年(貞応2年)北条義時による創建とされ、永禄4年(1561)、信玄が上杉謙信と 川中島で戦うにあたり、戦勝祈願のため、あらたに本殿として造営したもので、後この地に移された
 * 西宮 本殿 : 祭神・天照大神 1594年(文禄3年) 浅野左右衛門左が建立。室町風建築様式。
 * 本殿 : 神様が祭られているところ。御神体は宮司しか見ることができない。
 * 神 楽 殿 : 奉納される神楽は12の舞から構成されている。
 *  手 水 舎 : 2キロ程富士山へ登った泉水(泉瑞)から引かれている。
          この水には、その昔、将軍源頼朝は天下にその威を示さんと富士山北麓に雄大な巻狩りを行なった。
          その際、渇きに苦しむ勢子のため、頼朝は神に祈りつつ大地に杖を突きたてると、澄みきった冷たい水がこんこんと湧き出したと云う謂れがある。
          水盤は一個の石をくり貫いて造ったもので、山麓の「石屋の寝床」と呼ばれている場所から切り出した。
          柱は石柱を使っており比類稀な建築と云われている。
 * 拝殿 : 普段お参りするところ。1つのように見える社は、実は3つの建物。
 * 幣殿 : お払いしていただくところ。

 ※  吉田の火祭り : 浅間神社からは御影(お山さん)、諏訪神社からは大神輿が担がれ、御旅所へ行幸されると70本あまりの大松明に火が点され、祭りは最高潮に。
翌日には氏子たちの持つすすきの玉串を従えて神事を行った後、社に帰っていきます。
           
  〜 北口本宮冨士浅間神社のHP等より
 
 “北口本宮冨士浅間神社”の参拝記。(H19.7.27)
 
【 訪問 】
 ・ 富士登山競争(5合目コース)完走後、富士吉田の富士浅間神社に参拝しました。
 ・ 静寂さと清らかな気が満ちた境内で、マラソンで疲れた身体が癒し祓い清められていくのを感じました。静寂な境内で深呼吸をし、
エネルギーの充電を行いました。
 ・ 手水舎の立派な龍の口から流れ出る霊水は、ここから約3キロメートル離れた富士山の裾野に湧く泉から引かれているそうです。
 ・ 国の重要文化財の神殿、天然記念物のご神木(富士夫婦桧と富士太郎スギ)も素晴らしいです。
 * 富士の麓の浅間神社を富士山を中心に右回りで廻りながら、一日で三巡すると、富士のエネルギー、浅間のエネルギーと繋がり自分の波動エネルギーアップに大変効果的のようです。

  ※ 富士浅間神社の解説HP  ⇒ ⇒ 北口本宮 冨士浅間神社 

 【平成25年 2月17日 】 参拝
 富士浅間神社 大鳥居(木製)&参道   神楽殿  拝殿
手水舎  隋神門  拝殿
東宮本殿 富士太郎杉
“北口本宮冨士浅間神社”の参拝 :  H24.9.5
 富士浅間神社 参道   仁王門 礎石  角行の立行石
 大鳥居、随身門  案内標識
   
 水舎  青龍の口から湧き出る霊水  〃
 青龍の口から湧き出る霊水  富士太郎スギ  富士夫婦桧
 富士夫婦桧   富士太郎スギ  拝殿・本殿
 拝殿・本殿内部  〃   東宮本殿
 東宮本殿  〃   西宮本殿
 【平成19年 7月27日 】 参拝
1.H19.07.27 富士浅間神社 大鳥居 2.  富士夫婦桧 3.富士太郎スギ
4.大鳥居より、随身門 5.拝殿・本殿 6.アジサイと本殿
7.青龍の口から湧き出る霊水 8.東宮本殿 9.富士太郎スギの根元
10.本殿左側の苔むした庭 11.富士五合目:小御嶽神社   〃

  −3 河口浅間神社
 * 「河口浅間神社」と「母の白滝」の二箇所のパワースポットは、富士山のエネルギーを秘めたパワースポットをして有名。

 【 河口浅間神社 (かわぐちあさまじんじゃ) 】
 ・ 富士山大噴火を鎮めるため勅令により建立され、河口湖・富士山を今もなお静かに見守る。
 ・ 山梨県南都留郡富士河口湖町にある神社。 式内社(名神大社)論社で、旧社格は県社。全国にある浅間神社の一社。
 ・ 貞観6年(864年)の富士山大噴火を鎮める為に、翌年、富士山と対峙する河口の地に富士山の神を祀った。これが通称河口湖浅間神社である。河口浅間神社は古くから鎌倉街道沿いに位置し交通の要衝として栄えた河口地区の神社としても信仰を集めた。
 ・ 【稚児の舞】孫見祭などの例祭に7・8歳から12歳の少女10人ほどが奉納する華麗な舞い。厳かで美しく華やか、少子化の現在も地元の氏子により継承されている。
 ・ 【河口湖浅間神社の七本杉】社殿の南側にある7本の巨樹で神木としてしめ縄を結わえてある。7本の杉とも幹は真っすぐに1本に伸び、枝分かれしたものはない。二柱杉(ふたはしらすぎ)は樹高47・5m、天壌杉(てんじょうすぎ)は根回り30mの大樹である。樹齢1200年に及ぶ巨木が1ヶ所に現存することは貴重であり昭和33年県指定の天然記念物になっている。
 ・ 富士山世界遺産構成資産(平成25年6月登録) 。
 * 「母の白滝」
  ・ 母の白滝神社が鎮座。木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)の母君が祭られています。
    御祭神は栲幡千千姫命(たくはなちぢひめのみこと)。慈愛に満ちた母なる心を感じる場所で新たなあなた自身を生みだすエネルギーを与えてくれます。
 鳥居  〃   本殿
 御手洗  河口湖全景
 母の白滝神社  母の白滝

 1-4-1【中部 静岡県】  
(5)−1 富士山本宮浅間大社 (ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ) 

 ・ 全国1300余社ある浅間神社の総本宮
 ・ 主祭神は浅間大神(あさまのおおかみ)、 またの名を木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)といい、この大神の出現鎮座する富士山をお祀りしてる。
 ・ 楼門(左)・拝殿と本殿(右)は、徳川家康の奉建によるもの。
 ・ 国の重要文化財に指定されている本殿は、神社建築中唯一の楼閣造(浅間造)。
 ・ 806年に坂上田村麻呂によって、山宮の地から現在の場所へと遷都。
 ・ 平成18年には浅間大社の鎮座1,200年を迎える、盛大な行事が執り行われた。
 ・ 戦国時代末から江戸時代初め、長谷川角行が人穴に籠もり、修験とは異なる仙元大日神を信仰する教えを説いた。
 これは、関東を中心に広がり、江戸時代中期、富士講へと発展していき、富士登山は急激に増えていった。 
各地では浅間神社が祀られ、富士塚などをつくって登るなど、独特の信仰も生まれた。
 ・ 全国千三百余社ある浅間神社の総本宮たるにふさわしい名称とするため、昭和57年3月11日富士山本宮浅間大社と変更。
 ・ 大宮に鎮座し1千2百余年を経た現在、全国1千3百余に及ぶ浅間神社の総本宮。

 ・ JR富士宮駅から商店街を通り抜け、徒歩約15分。
 ・ 特別天然記念物『湧玉池(わくたまいけ)』 ・・・ 
     富士山の伏流水が湧出した泉で、国天然記念物。古くから神聖視され、道者はここで身を清めて入峰する習わしだった。
富士曼荼羅図には、湧玉池で水垢離する道者が描かれている。今は市民の憩いの場で、池にはニジマスや鴨が泳いでる。
 ・ 社殿と湧玉池との間にある『水屋神社』富士山御霊水を汲むことができます。
 ・ 「お宮横丁」は、駐車場内隣にある土産物屋。 富士宮やきそば・乳製品・地酒・銘菓などの土産物を販売。 中央には飲料用富士山の湧水がある。 
  ( HP  ⇒ ⇒ 富士山本宮浅間大社トップ より)

 * 日本一の龍脈・富士山の「陽」の気がみなぎるパワースポット。
  ・ 富士山は、神々のパワーが集まる場所として日本のほぼ中心(胸の部分)に位置し、世界屈指のパワーを持つ霊山として世界的に知られている、
強力な龍脈(大地のエネルギー)の発生源。 
 ・ この富士山の強力な龍脈をカバーする形で、富士山の南西、表富士を望む「陽」の地に富士山本宮浅間大社が、富士山の北東の対角線上の「陰」の地に
北口本宮冨士浅間神社
が、陰陽ペアで鎮座
してる。 
 ・ 富士山本宮浅間大社は、富士山の龍脈の気が留まる龍穴(大地の気がみなぎる場所)のパワースポットです。 富士山を背に、湧玉池の水が東に流れ、
南に平地が開け、西に甲州への道が続くという、理想的な四神相応の龍穴地形。
 ・ 富士山の北口や東口にある浅間神社や箱根神社にみられる、重々しく凛とした強さとは違い、とても明るく・やさしく・美しい神社です。
富士山周辺に訪れる方は、陰陽バランスを取る形で、「陽」の富士山本宮浅間大社と「陰」の北口本宮冨士浅間神社を、ペアで参拝されるとよい。
 ・ 天神社の後ろの森   
      水屋神社の左奥に、菅原道真公を祀る「天神社」があり、ここの後ろの森には強力な生気エネルギーが満ちてる。
   参考  ( HP  ⇒ ⇒ 冨士山本宮浅間大社 富士山エリアの総合ガイド - フジヤマNAVI
                  開運の神社・パワースポット【関東編】 - 富士山本宮浅間大社  )より

 ・  富士山本宮浅間大社 御鎮座1200年奉祝 絵画制作・奉納 〜 煌雲昇陽」200号。
   参考  ( HP  ⇒ ⇒ 太陽の画家・三谷祐資

 

 【 富士山本宮浅間大社 】  訪問:H30.3.17
 富士山本宮浅間神社 入口  〃    本宮鳥居
 干支絵馬  しめ縄
 全景  枝垂れ桜  湧玉池
 湧玉池  〃  〃
 マガモ  ヒメシャガ
 【 富士山本宮浅間大社 】  訪問:H26.2.25
 案内図  〃    本宮鳥居
 流鏑馬像  〃  鏡池
 鏡池  〃  〃
 手水舎  鉾立石(ほこたていし)  楼門(県指定文化財)
 拝殿(県指定文化財)  〃  〃
 拝殿  拝殿・本殿  本殿の屋根
  拝殿  絵札  〃
 湧玉池  「水屋神社」  カモ
 湧玉池(わくたまいけ) : カモのつがい  〃  神路橋・神路枚橋
湧玉池(わくたまいけ  神田川  〃
 鳥居  杉玉       さくやちゃんの顔出しパネル :  平成24年6月1日に富士宮市制70周年記念し誕生。
 「煌雲昇陽」 奉納絵画  〃   紅梅
 豊後系ウメ  白梅  梅

 6−1 中部 静岡県  
  【 三嶋神社  】

 【 三嶋神社 】 
 ・  三島神社(みしまじんじゃ)・三島社(みしましゃ)は、「三島」を社名とする神社。神社系列 は「三島・山祇信仰」に属し、
大半は伊予の大山祇神社
 (大三島神社)か伊豆の三嶋 大社と関係のある神社である。
 ・ 社名は戦前は「三島神社」と称したが、戦後は「三嶋大社」を称している。 
 ・ 源頼朝が源氏再興を祈願した社として有名。社殿は重厚な総欅造りで、境内には松尾芭蕉の句碑、若山牧水の歌碑がある。
  国宝「梅蒔絵手箱」や刀剣など宝物を多数所蔵し、一部を展示公開している。
 ・ 島流しにあった源頼朝が深く崇敬し祈願した結果、源氏再興が成功したということで旗上げの神社としても有名。
 ・ 商売繁盛・仕事運アップ・厄除け・安定などに特にご利益がある。
 ・ 天然記念物のにもなっている金木犀(キンモクセイ)がある
 ・ JR東海道線「三島駅」から徒歩約10分、伊豆箱根鉄道「田町駅」から徒歩約5分、車で沼津ICから20分。
 * 静岡県三島市 三嶋大社なび
 【 三嶋神社 】  訪問:H30.3.17
  三嶋大社 鳥居  〃  〃 
 御神馬
 ソメイヨシノ  枝垂桜
 たたり石(たたり=整理すること)  〃  唐松並木
 三島大吊り橋   河津桜  
   
  ハナニラ  ツクシ & ホトケノザ  ツクシ
 【 三嶋神社 】  訪問:H27.4.2
 本宮鳥居    キンモクセイ 
 鳥居  舞殿(手前)と拝殿(左奥)  舞殿
 拝殿  〃  〃
 拝殿  〃  干支〜馬
 拝殿  キンモクセイ  腰掛石
 腰掛石案内板  鹿園
 キンモクセイ  神池  枝垂桜

 1-4-2 【 甲信越地方 】−《 長野県 》
6)日輪神社
【 日輪神社 】

 ・ 山そのものが御神体として崇敬の厚かった神社。 祭神は天照皇大御神。太陽神“天照大神”を祀る。
 ・ 日本全国で日輪神社と稱するのは唯この一社。
 ・ 例祭日は毎年、9月3日。創立年代は不詳。
 ・ 日輪神社建立場所は太古のピラミッド。
 ・ 飛騨のピラミッドの中心位置にあると神社、ここが飛騨の中心で、ここからエネルギーが放射状に流れているとも言われている。
 ・ 日本ピラミッドゾーンのコントロールセンター。
 ・ 超古代文明の謎を見たいとお参りする人が多い。
 ・ ピラミッド説を称えた酒井勝軍氏は、2万年前の巨石文明の一環と見ている。
 ・ 酒井勝軍が表した太古のピラミッド日輪神社の裏山は、どこを掘っても硅石まじりの川石が出てくると記している。
 ・ 裏山は人工のピラミッド。
 ・ 日輪神社を中心に放射状に巨石群や、ピラミッドが分布している。
 ・ 日輪神社を中心に分布しているピラミッドと思われる山は、位山、舟山、洞山、日ノ観岳、拝殿山、立岩、御岳、乗鞍、槍ヶ岳、立山、天蓋山、須代山、見量山、高屋山、金鞍山、松倉山。 
 ・ 葦嶽山ピラミッド発見者の酒井勝軍は「菊型ご紋」を日輪の放射紋であるとしている。
 ・ 16方位に放射する日輪紋章は実は世界各地に残されている。
 ・ 皇室の16華弁の菊花は、古来万世一系の皇室の象徴とされてきた。
 ・ 乗鞍岳外16の飛騨の山々をピラミッドと見て、其の方位を線で結ぶと線の中心が何と日輪神社であると言われている。
 ・ 神体石、太陽石(壊されかけている)が頂上部にある。
  『 ・山そのものが御神体として崇敬の厚かった神社。祭神は天照皇大御神。太陽神“天照大神”を祀る。
  ・日本全国で日輪神社と稱するのは唯この一社。
  ・日輪神社建立場所は太古のピラミッド。
  ・飛騨のピラミッドの中心位置にあると神社、ここが飛騨の中心で、ここからエネルギーが放射状に流れているとも言われている。
  ・日本ピラミッドゾーンのコントロールセンター。
  ・超古代文明の謎を見たいとお参りする人が多い。
  ・ピラミッド説を称えた酒井勝軍氏は、2万年前の巨石文明の一環と見ている。
  ・酒井勝軍が表した太古のピラミッド日輪神社の裏山は、どこを掘っても硅石まじりの川石が出てくると記  している。  
  ・裏山は人工のピラミッド。
  ・日輪神社を中心に放射状に巨石群や、ピラミッドが分布している。  
  ・葦嶽山ピラミッド発見者の酒井勝軍は「菊型ご紋」を日輪の放射紋であるとしている。  
  ・16方位に放射する日輪紋章は実は世界各地に残されている。  
  ・皇室の16華弁の菊花は、古来万世一系の皇室の象徴とされてきた。  
  ・乗鞍岳外16の飛騨の山々をピラミッドと見て、其の方位を線で結ぶと線の中心が何と日輪神社であると  言われている。
  ・神体石、太陽石(壊されかけている)が頂上部にある。 』

 ※  訪問
  @ 2004.(H16)10.4(月)
  A 2016年(平成26年)9月10日(土)   
 ・ 場所 : 高山駅東北東約11km。 
 ・ 高山と平湯温泉の中間の国道158号線の、“小野”バス停先高山寄り左側にある地酒“橋本”店からさらに約200m位先左側に狭い道があり、約200m坂道を登りつめると日輪神社に到着します。案内板等なにもありません。迷った場合、近くの店で聞いてください。
 ・ 高山駅下車、濃飛バス新穂高線大谷神社下車、徒歩約5分。バス停留所から鳥居が見える。
 ・ 駐車場がないので、鳥居脇の路肩のスペースに駐車。
 ・ 西側から全景を見るとピラミッド状に見え、朝日が一層輝いて見えました。
 ・ 階段上の参道は、苔生した木の根っこが縦横に伸び、滑り易いので歩幅を狭くして登りました。
 ・ 二つ目の階段を登りきると、本殿前のこじんまりした広場に到着。
 ・ 拝礼後、「どうぞ中へお入りください」と書かれた扉を開け、暗がりの内部に入ると、暗さに目が慣れ、しっかりと天照皇大御神祭神関連の展示品を拝見。
 ・ 静まり返った本殿で、一人しばしの瞑想、お祈り、超古代の波動を感じながら宇宙根源のエネルギーを充電しているような感じ。
 ・ 本殿内部は静寂そのもの、位山と相互に共鳴しているような感じでした。

 ・ 今回は時間がなかったので次回には、周辺にある高屋山ピラミッド(葦嶽山の山容に類似)と、 円空で有名な千光寺をゆっくり訪問したい。

※ 参考・引用HP
 ⇒ ・ 
日輪神社詳細 - 岐阜県神社庁 
   ・ 飛騨高山パワースポット 日輪神社/パワースポット特集-じゃらんnet   
   ・ 日輪神社(日輪宮) - nifty 
   ・ 日輪神社 地図 - 風水パワースポット検索  

 第二回目 訪問
 【2016年(平成26年)9月10日 】 参拝
 飛騨高山付近での朝  穂高連峰  〃
 日輪神社 全景(西側より)  〃 神社の鳥居脇には『村社日輪神社』と記載
 鳥居  名盤  〃
 階段-1  階段 → 本殿  〃
 階段-2  本殿前  〃
 日輪神社 本殿内部  〃  〃
 〃:  〃  〃
 〃“太陽神天照大神”  〃  〃
 日輪神社   〃  〃
 一回目 訪問
 【2006年(平成16年)10月 4日 】 参拝
1.日輪神社 拝殿 2. 〃 3. 〃
4.日輪神社 山上より 5.本殿内部 6. 〃


7)戸隠神社

《戸隠神社》 (とがくしじんじゃ)
場所 : 長野県長野市
 ・ 長野県長野市北西部の戸隠山周辺に配する五つの神社。
 ・ 「奥社」「中社」「宝光社」の主要三社、および「九頭龍社」「火之御子神社」の五社合わせた集合体が「戸隠神社」。
 ・ 創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社。平安時代に山岳仏教の影響で開かれたとの説もあり、修験道との関わりも深い神社。
   修験道とは、山や巨木などを神として敬う日本固有の多神教である神道(しんとう)と、大陸から伝来した仏教が習合した宗教。
 ・ 岩戸開き神話にゆかりのある神々を祭っている。
 ・ 平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えた。
 ・ 江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東比叡寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。
山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めた。
 ・ 明治になって戸隠は廃仏毀釈の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至る。
 ・ 戸隠神社の菊の紋章はすべて十六弁(皇室の御紋)。
 ・ 戸隠神社が日本最高峰のパワースポットと言われる。  
 ・ 宝光社→火之御子社→中社→奥社・九頭龍社の順で参拝するのが良いといわれています。全部参拝する時間がない奥社・九頭龍社と中社だけでも。  

【岩戸神話】
  ⇒ 『 アマテラスオオミカミが弟スサノヲノミコトの起こした騒動に怒り、天の岩屋に身を隠しこの世は闇に包まれた。知恵者のアメノオモイカネのミコト(中社の祭神)の一計で宴を岩屋の前で開き、アメノウズメノミコト(日之御子社祭神)が神楽を舞っていた。アマテラスが戸を開けて覗こうとしたところ、
優れた神力を誇るアメノタジカラオノミコト(奥社の祭神)が岩戸を投げ飛ばしてしまった。
岩戸は信濃の国の山深くに達し戸隠山となり、その地を戸隠と呼ぶようになった。 』
 【 神楽 】
   ⇒ 岩戸に隠れてしまった天照大御神に再びお出ましいただくために、岩戸の前で天鈿女命(火之御子社祭神)が舞い踊ったのが「神楽」の始まりといわれてる。

 《祭神》 
   @ 奥社 「おくしゃ」
       ・・・ 天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)
        ⇒ 天照大神が隠れた天岩戸をこじ開けた大力の神。
   A 九頭龍社 くずりゅうしゃ
       ・・・ 九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)
         ⇒ 地主神。水の神、雨乞いの神、虫歯の神。
   B 中社  「ちゅうしゃ」       
       ・・・ 天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと) 
         ⇒ 天照大神が天岩戸に隠れたとき岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作ったとされる神。知恵の神。
   C 火之御子社(灯社) 「ひのみこしゃ」
       ・・・ 天鈿女命(あめのうずめのみこと) 
         ⇒ 天鈿女命は天照大神が隠れた天岩戸の前で面白おかしく踊って天照大神を誘い出すきっかけをつくったとされる女神。
舞楽や芸能、また火防の神。
   D 宝光社   「ほうこうしゃ」 
       ・・・ 天表春命(あめのうわはるのみこと)
         ⇒ 中社の祭神である天八意思兼命の子。学問や技芸、裁縫、安産や婦女子の神とされる。
※ 参考・引用HP
 ⇒ ・
 
戸隠神社について | 戸隠神社 
 ・ 戸隠神社 - パワースポット研究所 
 ・ 開運神社と呼ばれる長野県の「戸隠神社」って?5つのパワースポットと 
 ・ 戸隠神社 - Wikipedia 

 【 訪問記 】 〜 3
 訪問 : 2012.(H24)4.14(土)   
  ・ 長野マラソン参加で、受付が前日だけのため、前日に長野市内のビッグハットで受付等の手続を済ませてから、戸隠神社参拝しました。
  ・ 戸隠神社の宝光社、中社と参拝し、最後に奥社に行きましたが、深い雪のため、5月中は閉鎖。
  ・ 残雪に囲まれた静かな戸隠神社も風情があり、中々良かったです。
  ・ 長野市内では雨でしたが、戸隠に到着した時には雨はやみ、西の空が明るくなりました。
  ・ 奥社の駐車場に到着した時には、雲に隠れた周辺の山々が急に見え始め、夕焼けに染まった空と戸隠連山がスッキリと見ることが出来ラッキーでした。
  ・ 戸隠温泉に宿泊、翌日日の出前に快晴で朝日に染まった戸隠連山の撮影も出来、急いでマラソン選手用駐車場へ出発。予定どうりに到着。

 【平成24年 4月14日 】 参拝
 H24年4月14日  戸隠神社: 宝光社   〃   〃
 火之御子社  火之御子社  〃
 中社  〃  〃 青龍殿(宝物殿)
 〃  中社 本殿  〃
 中社の御神木 樹齢700年  中社全景  奥社 入口のさかさ川
 奥社入口の大鳥居  冬季閉鎖の案内
 案内図  夕日に染まる戸隠山  〃
夕日に染まる戸隠山
 H24.4.15 翌日早朝5:30 日の出の戸隠連山  〃  5:39  戸隠奥社駐車場より
 戸隠奥社駐車場より戸隠連山  〃  〃
 戸隠奥社駐車場より戸隠連山  〃  〃
  戸隠奥社駐車場より戸隠連山  〃  蕗の薹
  戸隠奥社 → 豊岡(長野)  〃  〃
 〃  〃  〃


 【 訪問記 】 〜1
 訪問 : 2008.(H20)5.25(月)   
  ・ 善光寺参拝後、戸隠神社の奥社まで行き、宝光社までの計5社を参拝。
  ・ 戸隠神社バス停隣の無料駐車場に駐車。 すぐ参道があり、入口の鳥居から2Km先の奥社へジョグ。
緩やかな登り坂ですが、鳥居から二王門までは一直線の道が1Kmにわたって続く。
  ・ 二王門からは荘厳な杉並木となり、エネルギーが満ちてきた感じで気持ち欲良い。中間地点の隋神門からは勾配がやや大きくなる。
  ・ 奥社本殿で参拝。奥社のすぐ下にある「九頭龍社」にも参拝。
  ・ 前方に険しい戸隠山の山稜が迫って見える。
  ・ 奥社駐車場から約2kで中社。
  ・ 中社から約1.5Kで火之御子社。 火之御子社付近には駐車場がありませんでした。
  ・ 更に約1kで、宝光社。
  ・ 杉の木立の中にある約200段の石段を登り宝光社社殿。

  ・ 奥社参道南側に、野鳥の宝庫でもある森林植物園があり、白樺林や高山植物園、水芭蕉園があり、100種以上の野鳥が生息しているとのこと。
次回チャンスがあればゆっくり散策したい。
  ・ 戸隠山西岳の登山道にある鏡池は新緑と紅葉の頃が最高のロケーションなので、10月にもう一度登山を兼ねて訪問したい。
   @奥社、A九頭竜社 

 【平成20年 5月25日 】 参拝
奥社入口 バス停  参道横の小川沿に咲くニリンソウ 随神門、奥社および九頭龍社参道の途中にある
随神門 奥社のすぐ下にある九頭龍社  奥社本殿
 戸隠山  戸隠山前方に迫る戸隠山  戸隠山
  案内板  奥社参道の杉並木  案内図
B中社
 門 中社本殿  御神木
C火之御子社
火之御子社  〃
D宝光社
 宝光社  〃
 宝光社

【 関東地方 】−《 東京 》





U.【山】
 本来の“山”は周辺より「標高」が高く、また「生命エネルギー」、「波動エネルギー」等物理的要素以外の霊妙な精神・神霊的エネルギーが高いエリアといえます。 
いわゆる「イヤシロチ」、「エネルギースポット」的要素を有しており神霊の働きやすい場であるといえます。
 ・ 多くの山の内、特別エネルギーの強い山は、古来から信仰の山として位置づけられてきたようです。
 ・ 山の神(やまのかみ)は山に宿る神の総称。
 ・ 信仰に関わる山で、霊山といわれる山は奥羽から九州にわたって満遍なく点在し、その数は351座におよぶという。
 ・ 日本国内では、代表的な三霊山(さんれいざん:古来から山岳信仰があり、信仰登山の山として、@富士山、A立山、B白山が有名です。
 ・ このほか日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、川原毛)等が挙げられているようです。
 ・ 登山をする場合は、山岳信仰を理解しておくのがよい。
 ・ 聖地・霊山を訪れるときには、登拝(山の神さまを拝むために登る)の気持ちが大切。
 ・ 本来の登山は、山の中で自分を見極め、高めていく、山は修行道場、神仏と感応、交流する場所、自分の中の神を見出す為に瞑想する場所、といえる。
 ・ 従って登山する時は、謙虚な気持ちで、山を司る神々様に感謝を奉げる心構えが非常に大切です。これが安全登山の秘訣と思います。

《 三霊山 》
    @ 富士山、 A 立山、 B 白山
  三霊山(さんれいざん)とは古来から山岳信仰があり、信仰登山の主たる山(富士山・立山・白山)の三山を指したもの。
 * 各山の主祭神 
    富士山 = 木花開耶姫命、浅間大菩薩
    白山   = 白山ひめ大神、菊理媛神、十一面観世音菩薩
    立山   = 阿弥陀如来、姥尊
 * 各地の霊山では、女性の参詣登山を禁じていた。 

(1)富士山
     全国各地にある富士山の数。--- 合計 347 (H19.6.)
      北海道 16、東北 32、 関東 58、 中部 84、 近畿 57、 中国 47、 四国 18、 九州 35
     * 参考HP  ⇒ ⇒  ふるさとの富士山大集合表紙
  ・ 富士山とは「ピラミッド」形状をなしている山、と言えます。
  ・ 富士山の主祭神 : 浅間大神(あさまのおおかみ) : 木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)
                              相殿神 : 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
                              相殿神 : 大山祇神(おおやまづみのかみ)
     木花之佐久夜毘売命 --- 日本の山を統括する 大山祇神(おおやまずみのかみ)の娘。
     木花咲夜姫を祀る社  --- 全国1300社ほどある浅間神社(せんげんじんじゃ/あさまじんじゃ)。
                      ・ 中心は南側が富士宮市の富士山本宮浅間神社(せんげんじんじゃ)
                            北側が山梨県一宮町の山梨浅間 神社(あさまじんじゃ)。
平成3年)8月18日  9合目より  4:30  〃  9合目より  4:50 富士山頂   ↑ 剣が峰
富士山頂より   河口湖 ↑ 平成4年8月23日 山頂直下より  4:35        〃    4:40
      〃    5:00 平成19年8月 8日   4:53      〃  5:44
平成19年8月 8日  富士山頂 浅間神社    〃  銀名水  〃 剣ヶ峰 頂上


(2)立山
 メモ
  ・ 立山信仰の対象である。山頂には雄山神社(おやまじんじゃ)の峰本社がある。
  ・ 霊峰立山を神体とし、立山の神として伊邪那岐神(立山権現雄山神・本地阿弥陀如来)・天手力雄神(太刀尾天神剱岳神・本地不動名王)の二神を祀る。
  ・ 雄山山頂の峰本社、山麓の中宮祈願殿、前立社壇(まえだてしゃだん)の三社をもって雄山神社とする。所在は富山県立山町芦峅寺から岩峅寺にかけた一帯、広くは地獄谷や弥陀ケ原を含む立山連峰全域。
  ・ 浄土宗の開祖法然上人が立山に登拝した時、滝の音が称名念仏の声のように聞こえたので、この滝を称名滝と名付けたといわれている。
  ・ 雄山神社の峰本社 : 「立山連峰」立山連峰・雄山(3003m)山頂にある。
  ・ 山岳修験道の立山と、古代神道の雄山が、当地で混在・融合しているという見方も出来る。
  ・ 峰本社は雄山(3,003m)山頂にあり冬期の参拝は不可能なため、山麓の岩峅寺に前立社壇を建てて、年中の諸祭礼を行なうようにしている。

(3)白山
 メモ
  ・ 白山の対象である。山頂には白山比盗_社の奥宮がある。
  ・ 白山宮(本宮)、金剣宮、岩本宮、三宮、中宮、佐羅宮、別宮を白山七社」と呼び、白山から三宮を「本宮四社」、中宮以下を「中宮三社」と呼ぶ。
  ・ 白山の本来の神様は白山比淘蜷_ (しらやまひめのおおかみ)。
  ・ 白山比め神社 :  白山比め大神、菊理媛神、伊勢諾神の三社を祀り、霊峰白山を神体山とするパワースポット。 
  ・ 今日では、全国に奉られている三千余社の白山神社の総本宮として、白山信仰の中心となっている。
  ・ アクセス 〜 金沢市内からは、北陸鉄道“野町駅”より“鶴来”を経て、“加賀一ノ宮駅”にて下車。徒歩10分。JR北陸本線金沢駅より18km、
タクシーにて約30分。

 《H17年11月2日》 白山登山
1.黒ボコ岩→室堂センター 白山方向 2.室堂センター:白山比羊神社 3.御前峰(白山)山頂
4.御前峰山頂より 5.御前峰山頂より南西、阿弥陀ヶ原 6.剣が峰


(4)
分杭峠
メモ
《概要》

 ・ 分杭峠(ぶんぐいとうげ) --- 世界でも有数といわれる強力な気場。
 ・ 日本最大、最長の巨大断層地帯である中央構造線の真上にあり、2つの地層がぶつかり合っている、という理由から「エネルギーが凝縮しているゼロ磁場であり、世界でも有数のパワースポットである」と称されている。

《場所》
 ・ 分杭峠は、長野県伊那市にある、南アルプスの西側を走る伊那山脈の峠の一つで、伊那市と下伊那群大鹿村の境界に位置する標高1,424mの峠。
 ・ 分杭峠は、日本最古で最大、最長の巨大断層地帯「中央構造線」の真上にある。

《発見経緯》
 ・ 分杭峠が「ゼロ磁場」であることを発見したのは、中国の高名な気功師の張志祥さん。張さんは、中国政府が公認した唯一の科学的な気功の研究団体である元極学会を率いる人物。中国で多くの人が「幸せになれる場所」として癒しを求めて訪れている湖北省の蓮花山で「ゼロ磁場」を発見した人でもある。
 ・ 
1,995年(平成7年)に、元極学という中国政府が公認する気の研究団体の創始者で、著名な気功師の張志祥氏を日本の研究団体が招いて調査したとき、張氏が発見したのが、この「分杭峠」。
 ・ 世界でも有数の「気」(波動)の発生する「ゼロ磁場」という場所が発見され、2003年7月、テレビの情報番組で紹介されてから、人を幸せにする力を持つといわれる“気”が集まっている長谷村の「ゼロ磁場地帯」が一躍脚光を浴びることになり、一気にブームとなった。
 ・ 現地は、今でも特に観光地のような風情は見られませんが、天気のいい週末には多い日には日本全国から「気」(波動エネルギー)を求めて数百人が押しかけ
来訪しているようです。

《ゼロ磁場》
 ・ 「ゼロ磁場」とは、地殻変動の巨大なエネルギーがぶつかり合って、N極とS極の磁気がお互いを打ち消し合う磁気の低い場所のことをいう。
 ・ 「断層を科学計測したところ、地磁気の変動が顕著でありゼロに近い低い磁場になっていること、地質学的に岩石の特殊性が見られることなど、普通の土地とは著しく違っている」とのこと。
 ・ 巨大なエネルギーが蓄積されたゼロ磁場。
 ・ 巨大断層が、分杭峠に「ゼロ磁場」という特異な空間を形成し、そこに「気」を発生する「気場」ができていると考えられている。

《気場》 
 ・ 気場は病気治しや信仰の場所ではない。 
 ・ 気場を訪れる場合は、心を出来るだけ純粋に保ち、欲望を可能な限り減らした状態で臨み、気が進まない場合は延期するように。
 ・ 長谷村では分杭峠の「気」を村おこしに活用し、心の健康、体の健康を育み、元気を提供しようという「気の里構想」を推進している。
 ・ 地下のエネルギーは変動しているはずですから、どの気場にしても、時間帯やその他の気象・天体などの条件によって、出方は変わるようです。


フォッサマグナ
 ・ フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。「地質学的な溝」。
  〜 古い時代の岩石(主に中生代・古生代、:薄い茶色)で出来た 、ほぼ南北方向の溝の中に、新しい時代の岩石(新生代:緑色)がつまっている。
8000m〜9000m以上の深さがある。

  ※ 【参考HP】 
   * 分杭峠 ゼロ磁場の情報サイト 
   * 気のスポット!分杭峠


【訪問記】-2    H22年8月4日(水)

 ・ 今回も前回と似たパターン・・・早朝に花の公園等を散策後、蓼科山登山を終え、夕方分杭峠へ向かう。
 ・ 諏訪ICから入り、駒ヶ根ICで降り、整備された走り易い県道49号線を進み次第に高度を上げて連続したカーブを登りきると、国道152号線のT字路に出る。 ここで右折、約1kmほどで分杭峠に到着。
 ・ TV等で紹介された影響で、近年来場者が激増したため、今年H22年の4月からは、駐車場は閉鎖され、T字路から152号線を北へ約3キロ進んだところにある臨時駐車場で駐車し、シャトルバスに乗り換えて気場まで15分程歩くことになりました。
 ・ 夕方5時に到着、遅い時刻でしたので路肩の空きスペースに駐車、他に数台駐車中。日中は駐車禁止。
 ・ 大駐車場入り口及び気場への未舗装路入口はパイプで閉鎖。徒歩で向かう。
 ・ 10分弱で誰もいない気場の水汲み場に到着。 
 ・ 静まり返った空間に沢の音が溶け込むように響きを奏でる中、しばし瞑想。
 ・ 大自然への感謝のお祈りをした後、気場へ行くために途中まで戻り、右下にある気場の入口路で急坂をジグザグ下り、2人しかいない気場に到着。
 ・ しばらく瞑想。今回は特別ピリピリしたエネルギーは感じられませんでしたが、気分がスッキリ、登山の疲労感など全く無くなりました。
 * 気場の様子は前回と同様でしたので、前回のコメントを読んでください。
 ・ 夕暮れになってきたので大駐車場を経由して車へ戻る。
 ・ 出発した時、東の空を何気なく振り向くと、鮮やかな虹が架かっているのが飛び込んで、カメラで撮影。
 ・ 貴重なお土産をもらい気分爽快。

 ・ 明日の木曾駒ヶ岳登山のため、駒ヶ根市で宿泊。

  天竜川支流、橋の欄干の龍と分杭峠  県道49号終点、国道152号線のT字路  気場の水汲み場
 気場の水汲み場  〃    奥が気場
 駐車場 〜 水汲み場間の崩落個所  気場付近    気場
 分杭峠   分杭峠からの


【 訪問記 】-1

 ・ H19年11月21日(水)午前中蓼科山登山後、一路分杭峠を目指して中央高速の諏訪ICから入り、駒ヶ根ICで降り、カーナビに従い、国道153号線の「北町」交差点で右折し、500mほど行った「本町」を左折、県道49号線が工事等のため一部迂回しましたが、道なりに進み、やがてカーブの多い山道になる。 紅葉盛りのカラマツ林を
見ながら進むと、国道152号線に出るので右折、約1kmほど、ICから約21Kで、午後3時前に分杭峠直ぐ手前の広い駐車場に到着。目的地まで舗装されていますが、最後の約4k位は0.5車線で数十m毎に退避スペースがありましたが、カーブが多く走行には充分注意が必用です。
 ・ マイクロバスが1台駐車中で、出発待機中。他に乗用車が2台。すぐに防寒着を着て、案内板に従って、整地された斜面の道を、約30メートルほど下って、最終目的地の「気場」に到着。 夕方近かったので、2人しかいませんでした。
 ・ 以前は林道からの道しかなかったようでしたが、現在は歩きやすい道でした。
 ・ 付近一帯の中でもここは「気」のエネルギーが高い場所だそうで、人々が「癒しの場所」「人が幸せになれる場所」と呼んでいるそうです。
 ・ この特殊な場所は宇宙の生命エネルギーをしっかり充電でき、体調が良くなったり、癒しの効果を発揮できる場所だそうです。
 ・ ここには、斜面に沿って瞑想用の木製の簡素な低いベンチが5段作られてました。
 ・ しばらくここで大地からのエネルギーと交流しました。 シーズン中は、「気」を求める人達でかなり混雑するようです。
 ・ あまり時間がないので、水汲み場であり強力な気場である所を目指して、先へ進む。
 ・ 気場の水汲み場は、瞑想場の先の細くジグザグの急坂の山道を約3分位登って、未舗装の林道に出て、左側へ更に約600m位進んだ林道が広がった場所の右側の沢にありました。(約5台駐車可)
 ・ 写真撮影後、車に置いたペットボトルに水を汲むため、一旦駐車場まで林道を戻り、今度は車で出発、約3分で水汲み場に到着。
 ・ 林道は未舗装で、一部窪んだ箇所がありました。(約700m)
 ・ 誰もいなくなった水汲み場で、パイプから出てくる湧き水を充填後、少々瞑想(ベンチ等何もありません、折りたたみイス必携。瞑想スペースもほとんどありません。)
、帰路につく。
 ・ ここの水は「波動水」と呼ばれ、地中の「気」が十分に浸透し、ろ過されているので、ミネラル分を多く含み、まろやかな味で、身体にも好影響を生じるようです。
 但し、地中深い場所から汲み上げた水でないので、保健所の水質検査では保障していないようですので、不安な方は念のため煮沸してからの飲用が安心かも。
 ・ 時間がなかったので、南アルプス生涯学習センター「入野谷」は、またの機会に訪問するくとにしました。
 ・ 帰路、諏訪湖SAでトイレに立ち寄っただけで、前日の早朝からの雲取山と本日の蓼科山登山の疲れも眠気も全く感じなかったので、休憩なしで一気に帰宅しました。
 位山訪問の帰路の時と全く同様な状態でした。
 * 冬季(12月上旬〜3月上旬)は道路凍結の為、通行止めとなるようです。 駐車場のトイレも低温の為閉鎖されていました。

 ・ 南アルプス生涯学習センター「入野谷」
  分杭峠訪問用宿泊施設、日帰り入浴施設等   ⇒ ⇒    ゼロ磁場(気の里)パワースポット 入野谷

1.  天竜川支流、橋の欄干の龍と分杭峠 2.峠付近のカラマツ 3.駐車場から気場方向
4.駐車場から気場への道 5.気場:瞑想用の木製座席 6.気場上段部
7.気場 8.気場の水汲み場 9. 〃
10.気場の水汲み場 11.〃 12. 〃 の沢
13.分杭峠の標識と案内図 14.水汲み場への未舗装林道(前浦線) 15.気場の駐車場、遠方トイレ小屋、152号線


5) 皆神山

 場所 : 長野県、松代にある標高679mの山。
 皆神山 
⇒ ・ 30〜35万年の安山岩質の溶岩ドーム。 
   ・ 海抜643m,周囲4.5km。この山は30万年くらい前の火山活動によって形成されたトロイデだと地質学者が推定。
   ・ 長野市南東部、松代(まつしろ)地区にある山。標高659メートル。千曲(ちくま)川の沖積平地からの比高約250メートルで、孤立してそびえている。
   ・ 截頭円錐(さいとうえんすい)火山で、山頂部の直径約500メートル、底面の直径1,200メートル。頂上には子育ての皆神神社があり参拝者が多い。

   ・ 1,965年から1,971年にかけての松代群発地震は皆神山の直下で起った。 この地震は地下水脈の影響による岩盤の破壊と見られる。
   ・ 昭和40年8月から約2年間続いた「松代群発地震」の震源は、皆神山の真下3〜5キロメートル。
   ・ 第二次世界大戦末期には日本の戦況が悪くなり、松代が大本営・政府・皇室を含む首都移転の予定地となり、皆神山にも多数の地下壕が掘られ、地下壕は推定七千人の朝鮮人が働いていた。
   ・ 現在は山頂にはゴルフ場や皆神神社という神社があり、山頂まで車で登ることができる。
   ・ 全国的にも珍しいクロサンショウウオの産卵池もある。
   ・ クロサンショウウオの分布南限地として貴重である。 クロサンショウウオは、きれいな自然水でないと生息できない。
   ・ 「皆神山」は世界最大最古のピラミッドではないかと言われている。
   ・ 昭和59年にサンデー毎日で紹介されたのを契機に「ピラミッド祭り」が始まった。(平成20年5月5日に第22回のピラミッド祭り開催)。
   ・ 長野県長野市の標高659mの皆神山は、その姿はまさにピラミッドの形をしており、山頂付近には皆神神社が祭られている。この皆神山で、1966年に約2分間にわたって山が発光していたところが写真におさめられた。また、付近ではたびたびUFOが目撃されているという。検証の結果、
いずれも雷や月、街の明かりではないとされている。
   ・ 日本のピラミッドと呼ばれる火山性の山では、大量の地下水により流動帯電現象で電気エネルギーが溜まり、尖った山頂のため発光現象が起こると考えられる。
   ・ 皆神山の地下に縦800m・横1500m・高さ200mの空洞があると推定できることが判明。 〜 終戦直前に掘った地下壕とは別個?。
岩戸神社
  ・ 天照大神を祀る、全国的に有名な大阪府八尾市大字教興寺にある神社とは別。
  ・ 皆神山登山口から少々登った所にある。
  ・ 看板に、「皆神山ピラミッドの入口ではないかと言われ、その奥は謎とされている」と書かれている。
  ・ 入り口は古墳的で、内部は石を積み上げて造った人工的な建造物。未完成の人工ピラミッドのよう。
                                                            (〜フリー事典等より)


【皆神山】訪問・・・ 4 : 2018.(H30)7.15(日)
 ・ 長野県小布施市での「小布施マラソン(ハーフ)」参加の為、大会前日受付会場へ行く途中に、訪問。
 ・ 6年ぶり、今回で4度目の訪問。
 ・ 松本城と、松代城観光後、“皆神山”登山口へ移動。
 ・ 前回訪問時と外観的には特に変わっていないようでしたが、案内板などがひどく風雪にさらされる、文字が消えかかって痛んでいました。
 ・ 神社の門が改修工事中でした。
 ・ 本堂参拝、山頂の富士浅間神社でお参り、裏手のゴルフ場は放置状態でした。
 ・ 山頂で瞑想後、ゴルフ場跡地を下り、駐車場に戻りました。
 ・ 翌日の小布施マラソン(ハーフ)完走後、疲労感がなかったので、予定通り志賀高原隣の、日本百名山の「岩菅山」登山を楽しんできました。
 ・ 今回も、マラソンと登山をした後も、不思議と疲労感が感じず、関越道は日曜の渋滞でしたが、帰宅するまで疲れが不思議なくらい感じず、全く眠気も生じず、疲労感もなく帰宅できました。
 ・ 今回もピラミッドパワーの効果だったのか断定はできませんが、以前行った“位山”登山の帰りの状態と全く同じ感じでした。

  皆神神社参道〜祈りの聖地:皆神山   駐車場隣、皆神神社脇の「サンショウウオ産卵池」      
 あじさい  皆神神社 入口の山門  皆神神社 鳥居
 皆神神社 本堂  〃  〃
 〃  〃  〃
 本殿前  御影石に刻まれた、“日輪・ダビデ紋章”  出連雄神社
 出連雄神社  山頂の 富士浅間神社
 〃  〃  鳥居
 山頂の 富士浅間神社  〃  ゴルフ場跡地
 山頂の 富士浅間神社  参道入口  〃


【皆神山】訪問・・・3 : 2012.(H24)4.14(土)
 ・ 長野マラソン参加、受付は前日のみのため、長野に宿泊。
 ・ 一昨年以来、今回で3度目の訪問。
 ・ “長野オリンピック記念フルマラソン大会”に参加後、今年は寒さの影響でアンズや桃がまだ咲いていなかったため、桃畑の撮影をせずに、
“皆神山”登山を始める。
 ・ 前回訪問時と外観的には特に変わっていないようでしたが、案内板などがだいぶ風雪に晒されてきたようです。
 ・ 参拝客が2人やってきましたが、皆本堂から引き返してました。
 ・ 山頂で瞑想後、旧参道方面へ進み、以前周囲一帯にカタクリの群生がありましたが、今回は株数が極端に少なく数輪のみの開花状態でした。
 ・ 長野ICからの関越道は日曜の大渋滞でしたが、帰宅するまでマラソン疲れが不思議なくらい感じず、全く眠気も生じず、疲労感もなく帰宅できました。
 ・ 今回もピラミッドパワーの効果だったのか断定はできませんが、以前行った“位山”登山の帰りの状態と全く同じ感じでした。

  皆神神社参道入口   〃    皆神神社 北東側道路より
 〃  〃  皆神神社参道入口   皆神神社 門
 皆神神社入口の山門  天満宮   皆神神社 本堂
 〃  内部 御影石に刻まれた、“日輪・ダビデ紋章”  本殿前
 出連雄神社  〃   皆神山 山頂への山門
山頂の 富士浅間神社  〃
山頂の 富士浅間神社  〃 山頂の 富士浅間神社より北側隣のゴルフ場
 裏参道寄りのカタクリ  〃 落雷にあって空洞焼損復活してる杉内部。  神社前の「クロサンショウウオ」繁殖地
 〃  案内板  参道入り口付近のラッパスイセン


 【皆神山】訪問・・・1 : 2008.(H20)5.25(月)

  ・ 長野ICの南方、約3km、ICを出て35号線(長野・真田線)を南下、松代高校を過ぎた左側に皆神神社・皆神山の大きな標識があります。
  ・ 徒歩30分、車5分の表示。
  ・ ここを左折、細い道を道なりに進む、数十mは極細道ですが、その先は神社まで細い舗装路の登り道が続いていました。
  ・ 皆神神社先にはやや広い(約20台可能)駐車場がありました。
  ・ 駐車場には写真のような大きな皆神山を解説した看板がありました。
 ⇒ * この皆神山の盛土的山塊が自重により不均衡凝縮=ねじれ摩擦現象=起電=電流発生といったダイナモ機能山塊となり,電磁波が生じ、
この磁力と重力制御(反動)により物体(電磁反発飛昇体)が垂直に離着陸するようになったのです。古文書に出てくる(天の羅摩船)等がこの飛行体です。
   * 皆神山は,古い古墳時代や弥生時代更に遡っての縄文時代やエジプト,インダス,黄河,シュメール各文明よりずっと古い、今から2〜3万年前の超太古とのいうべき遠い旧石器の時代に造られました。(人工造山=ピラミッド,ピラミッドはギリシャ語源で三角型のパンの意。)
   * この皆神山を造った人間は、古事記に出てくる須左之男命(自然主義的な科学技術者の集団の総称)で現代科学とは全く異質ではるかに優れた高い知的能力をもつ人類でした。(旧人ネアンデルタール人系)
   * では、何のために造ったかというと,墳墓ではなく地球上の各地や,宇宙空間への航行基地として造られたのです。
   * このように皆神山は、神々が活躍した基地であり,宇宙船で現れたり姿を消したりしたので自然人たちは,神聖な山=高天が原として崇め、後世に伝えたものです。
                                                                       (駐車場の解説より抜粋)

  ・ 駐車場横の皆神神社入口門脇に、クロサンショウウオの産卵池があり、カエルや小魚がいましたが、クロサンショウウオは未確認。
  ・ 熊野出速雄命などをまつっている皆神山神社の方は、一見、普通の感じの神社。 
  ・ 神社は“ピラミッド”建造のかなり後に造られたものと思われます。
  ・ 本堂をお参り後、奥へ延びる石畳の途中にあった「カゴメ之宮」の石碑、大本教の出口王仁三郎の石碑を確認後、頂上へ進む。
  ・ 頂上付近のグリーン上は、「イヤシロチ(弥盛地)」特有の気持ちのよい気分に浸れました。(運動靴でグリーンの芝を傷めないように)。
  ・ ヒマラヤ山と相応する聖地・地教山とされ、近年はピラミッド説が唱えられています。
  ・ 皆神山は尊い神山であつて、地質学上世界の山脈十字形をなせる地であり、世界の中心地点。
  ・ 三角点は、ゴルフ場の5番のグリーンサイトにある。
  ・ 本当に人工の山=ピラミッド=なのでしょうか?答えは不明。
  ・ お祈り・瞑想後、次の目的地「象山の大本営跡」へ向かう。
  ・ 車でカーナビを頼りに約10分ほどで、「象山の大本営跡」見学用無料大駐車場に到着。
  ・ 駐車場から、約5分強で案内所に到着。(無料)ヘルメットを被り、坑道へ進入。
  ・ 坑道内部は車が走れるほどの広さで、照明電灯が完備され、ヒンヤリ涼しく、地面も整地され歩きやすかった。
  ・ 松代象山地下壕は、総延長 5,854m、(床面積 23,400m2) のうち、500mが平成元年から一般公開された。
    ⇒ 「昭和19年11月11日着工、終戦の日まで、約9ヶ月間延べ300万人の住民と朝鮮人が強制労働に動員。1日3交代で徹夜の突貫工事。
       延べ2億円の巨費が投じられ75%の進捗率で終戦となり工事が中止された。」

  ・ 特別なものはなく、山を水平にくりぬいた、トンネル状の豪でした。
  ・ 皆神山に掘られた坑道は未開放。 気象庁の歪観測計が坑道を利用中。
  ・ 入り口の右隣にあるこじんまりした「もうひとつの歴史館・松代」を見学(200円)。
  ・ この豪は、対戦末期、本土決戦に備え、東京から政府・軍・皇居を疎開させるために、終戦直前、突貫工事で、松本周辺に大規模な豪3箇所と数箇所の関連豪が造られ、約8割程度完成していたようです。

 皆神神社参道入口  皆神神社参道入口より、皆神山方向
 皆神神社参道入口より、皆神山方向 前方の道を進む  説明板
 神社駐車場にある“PR”説明解説表示板  神社前の「クロサンショウウオ」繁殖地
 皆神神社入口の山門   同上
 皆神神社 本堂 御影石に刻まれた、“日輪・ダビデ紋章”
 皆神山 山頂   〃  左の写真の裏側からの全体風景 ゴルフ場最標高位置ホール
 皆神山 山頂方向  天満宮
 皆神神社 本堂  沿道  コイが泳ぐきれいな川と花
松代象山の地下壕鳥瞰図 松代象山の地下壕   電灯が完備され比較的明るい

【 訪問・・・2  】
  2010.(H22)4.18(日) 

 ・ 2年ぶりの訪問。 “長野オリンピック記念フルマラソン大会”に参加後、五部咲きの桃畑等を散策後、夕方近くになりましたが“皆神山”登山を始める。
 ・ 前回訪問時と外観的には変わっていないようでした。
 ・ 参拝客が数名やってきましたが、皆本堂から引き返してました。
 ・ 山頂で瞑想後、旧参道方面へ進むと付近一帯カタクリの群生があり丁度満開状態でした。
 ・ 鳥居の先まで降りて、周囲には何もなかったので引き返す。
 ・ 長野ICからの関越道は日曜の事故渋滞でかなりの渋滞でしたが、帰宅するまでマラソン疲れが不思議なくらい感じず、全く眠気も生じず、疲労感もなく帰宅できました。
 ・ ピラミッドパワーの効果だったのか断定はできませんが、以前行った“位山”登山の帰りの状態と全く同じ感じでした。

 皆神神社参道直前より、皆神山方向  皆神神社参道登り口付近のシバザクラ  〃  〃
 皆神神社参道登り口付近の満開の桜  神社前の「クロサンショウウオ」繁殖地  皆神神社入口の山門
 皆神神社 本堂  〃 数日前に降った雪で作られた灯篭
 皆神山 山頂社  ゴルフ場最標高位置ホールより  カタクリ
 旧参道 鳥居

6)位山 

 訪問 : 2004.(H16)10.4(月) 
 場所 : 高山駅から車で、約15分“道の駅モンデウススキー場“ 駐車場そば。
 位山 : ⇒ “天孫降臨”、“高天原”の地。 1,529m。
      (“天孫降臨”の地が、九州の高千穂の峰と言われているのは、誤伝。九州が乱れた時代に一時的に、位山の天皇が鎮めに行った名残り。)    
 ・ 
初代神武天皇がここに登山した時、顔2つ、手4本の両面四手の姿をした怪神が天から降臨し、神武に王位を授けたので、この山を位山と呼ふようになつたという。 
 ・ 太古の“ピラミッド”、強力なエネルギーを放射する日本で重要なピラミッド。
 ・ 他天体の人類と地球人類(天孫降臨民族)との交信を行った神殿。
 ・ “霊石:ヒモロギ石”があり、宇宙創造神である天照日之大神のみたまを祀り、日(霊)の本の国を治め、日本で重大な危機が起こりそうな時は、その波動を浄め、危機を救う働きをするそうです。
 ・ 巨石が多数配置されている。太陽巨石文化の発祥の地。
 ・ ギゼの大ピラミッドのそばにあるスフィンクスの眺めている方向を解析した結果は、なんと位山であった。
 ・ 位山にはピラミッド伝説や超常現象が起こるなどの噂がある。
 ・ 位山には岐阜県の県木のイチイの原生林があり、山名の由来はそのイチイを笏(しゃく)として朝廷に献上したからとも云われる。
 ・ 水無神社の奥社から山頂にかけて天の岩戸や祭壇石などの巨石群があり、これは巨石崇拝などがあったためともされている。
 ・ 世界最古の古文書といわれる竹内文書には「位山に、日の神の皇太子の居る大宮を日玉国と云ふ。」と天孫降臨が記載され、古代史研究家の間では「高天原は日本にいくつもあり、中でも一番古いのが飛彈高天原で、位山はその中心となり天照大神の幽の宮(かくれのみや)がある。」と言われている。  
 ・ 世界最古の古文書といわれる竹内文書には天孫降臨が書かれ、日本のピラミッド説やUFO目撃などもあるパワースポットになっている。
 ・ 位山山頂付近の最高波動は無限大の波動で、現在地球に存在するありとあらゆる波動の中で、最も高く最も強力な波動の一つとも言われているそうです。
山そのものが麓の宮村にある飛騨一宮水無神社のご神体となっていて、日本海と太平洋を分ける分水嶺でもあります。
 ・ 世界最古の古文書『竹内文書』には「位山に日の神の皇太子の居る大宮を日玉国と云ふ。」と天孫降臨が記載され、天の岩戸や祭壇石などから巨石崇拝や太陽信仰、その他にも日本ピラミッド説などもある不思議な山。
 ・ ”世界の中心が日本であり位山こそが世界の中心となる”と、位山を尊い山として崇めている人もいる。
 ・ 位山は水無神社の御神体とされており、さまざまな伝承が残っている。
 ・ 位山山麓には数多くの巨石群がある。そのうちいくつかは、明らかに人工の手が加えられており、神々を祀る磐座とされている。山頂近くには「天の岩戸」と呼ばれている磐座がある。また、周辺一帯にペトログラフが数多く見つかっている。
 ・ 山頂近くには「天の岩戸」と呼ばれている磐座がある。
 ・ 位山は国常立尊の神都であり、天照大神の誕生所・御陵であると言われている。  
 ・ 日本200名山のひとつ位山は岐阜県高山市にある標高1,529mの山で、飛騨北部と南部の境界であり宮川と飛騨川の分水界である分水嶺の山。
 ・ 昔はイチイの木の産地として有名で、位山のイチイの木を笏の材料として天智天応に献上した際、この木が一位の官位を賜ったことから木はイチイ、 山は位山と呼ばれるようになったという説がある。
 ・ 現在でも天皇即位に際して位山のイチイの笏が献上されています。古来より霊山として崇められてきた位山は、謎の巨石群やピラミッド説・世界最高のパワースポットとして神秘とパワーに満ちたスポット。

 ・ 位山は、下呂頂上近くに水が湧いている不思議な「天の泉」がある。

 *『祭壇石』
 ・ 山頂を拝する位置にある位山の圧巻、「祭壇石」。 
 ・ パワースポット祭壇岩。 登山道にある巨石「天の岩戸」と飛騨一之宮水無神社の直線上にある謎の巨石。
 ・  祭壇岩はパワーが強く方位磁石を近づけると、場所によって振れが大きく変化する。
 ・ 水無神社御神体を表す鳥居。蛇の狛犬、ピラミッド頂上にあったという太陽石のレプリカがある。
 ・ 花崗岩でできた人工的構造物。岩の種類は先ほどのメンヒルと同じだ。約6畳位の広さがある。

 * 位山登山 
 ・ 市の川上岳とモンデウス飛騨位山「道の駅」から登山。
 ・ モンデウス飛騨位山にある登山道入口から山頂を目指し、帰りはダナ平林道を通る周回コースがおすすめです。
 ・ このルートの歩行距離は約12km、所要時間はおおよそ5.5時間です。 
 ・ 登山道は整備され、危険個所も比較的少なく、初心者の方やファミリーでも楽しむことができます。
 ・ 気軽に登りたい方には、ダナ平林道を車で約30分、巨石群登山道入口から山頂を往復するルートもあります。登り約1時間、下り約50分とお気軽なコースとなります 
 * 参考・引用HP  ⇒ 
 ・ 位山(飛騨):マピオンパワースポット特集 

 ・  位山・巨石群を探る → http--www.telop.jp-kuraiyama-kuraiyama-top.htm
 ・  モンデウス飛騨位山(道の駅・スノーパーク)公式サイト 

   位山登山記録 ・ 写真 →  位山   

   【位山巨石マップ】    平成16年10月3日調査

  

巨石
No
名    称 登山口からの経過時間 区間時間
(分)
備        考
祭壇石(さいだんせき) 刈安牧場から約10分。詳細はモンデウス飛騨位山(道の駅・スノーパーク)公式サイトを参照。
六稜鏡岩(ろくりょうかがみいわ) 0:40〜41 40
御手洗岩(みたらいいわ) 0:55〜56 14
畳岩(たたみいわ) 1:10〜13 14
門立岩(もんたていわ) 1:30〜33 17
尻立岩(しりたていわ) 1:36〜40
御神楽岩(みかぐらいわ) 1:47〜50
天岩戸(あまのいわと)、鏡石(かがみいし) 1:55〜2:10
御魂岩(みたまいわ) 1:52
天の泉(あまのいづみ) 2:00〜 2:15 冷たくて、非常においしい清水
位山 山頂   ストーンサークル 2:22〜2:35 展望は少し先の“展望台”にあがった場所からが良い。
蔵立岩(くらたていわ) 2:55〜00 20
10 八重雲岩(やえぐもいわ) 3:03〜05
11 餅ノ岩(もちのいわ) 3:20〜25 15
12 鞍ノ岩(くらのいわ) 3:26〜30
13 豊雲岩(とよくもいわ) 3:34〜3:40
14 光岩(ひかりいわ) 3:43〜50
15 龍岩(おぼろいわ) 3:50〜55
16 日抱岩(ひだきいわ) 3:56〜4:00
17 御門岩(みかどいわ) 4:01〜4:06
18 禊岩(しめいわ) 4:07〜4:10
水無神社奥社 4:12 ダナ平林道終点 駐車場 。標高 1,330m

《祭壇石》の場所
 → 刈安牧場(駐車場から車で約5分スキー場の左上)から右(東)斜面に続いている泥道を約200m登って一番右(東)側のリフトを越える。
前方左斜面奥に高い針葉樹が10m位集中している場所を目標に、鉄線で囲われた牧場の中へ入る。囲いに沿って約100m位直登、囲いの中に約6畳位の祭壇石がありました。泥道から囲いを潜って祭壇石まで、踏み跡はほとんど消えていました。
 ・ 水平位置:リフト支柱脚 終点から3本目、下(始点)から7本目の右(東)方向、約200m。
 ・ なお、リフトは現在2本のみです。登山地図には5本書かれていますが、一番右(東)側からの2本は撤去、一番左側は廃止状態になっていました。
 ※ 登山道からは、“祭壇石入口”の案内板から左方向約20度位上向きに約300m?位の位置と推定。但し道、踏み跡なし。



 《 第二回目 訪問 》
 2016年(平成28年)9月10日
 ・ 10年ぶりの再訪問。
 ・ 今回は、翌日の“白山白川郷ウルトラマラソン”参加の為、体力温存として、最短コースの「巨石群登山口(ダナ林道終点)」での登山としました。
 ・ 10年前と比較して巨石の状態や登山道の状況は全般的には、特に変化はないように感じました。
 ・ 巨石の案内標識が更新され、主な樹木に樹木名の札が掛けられてました。
 ・ 石を抱きかかえるかのように樹木の根っこ以前より迫力を増したように見受けられました。
 ・ 祭壇石のパワーは初回の方が強く感じました。

2016年(平成28年)9月10日 訪問 
 巨石群登山口(ダナ林道終点)巨石 案内板  〃 紅葉が始まったモミジ  巨石群登山口(ダナ林道終点) 
 太陽御神殿の狛犬(龍体)と球体  球体  狛犬(龍体)
 巨石群登山口 → 位山山頂  〃  禊岩(しめいわ)
 御門岩(みかどいわ)  日抱岩(ひだきいわ)  〃
 龍岩(おぼろいわ)  光岩(ひかりいわ)  豊雲岩(とよくもいわ)
 鞍ノ岩(くらのいわ)  餅ノ岩(もちのいわ)  北方の展望
 コケ  岩を包んだ樹木  蔵立岩(くらたていわ)
 『一人で歩くことを教えるのが、生きた学問』〜西田天考。        鏡石(かがみいし)  天岩戸(あまのいわと)
天岩戸(あまのいわと)の祠  天岩戸(あまのいわと)裏側  御魂岩(みたまいわ)
 御岳山 展望  乗鞍岳 展望  案内板
  御岳山 展望  乗鞍岳 展望  ナナカマド
 位山山頂(1,529m)  巨石群登山道入口登山口。      モンデウス飛騨位山「道の駅」登山道入口付近より位山方向
 ゲレンデから祭壇石方面  〃  祭壇石(さいだんせき)
 祭壇石(さいだんせき)  〃  〃
 登山口のモミジ  高山街道沿い  〃

7)恐山 

 ・ 恐山(おそれざん、おそれやま)は、下北半島の中央部に位置する外輪山、霊場であり、高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つ。
 ・ 日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、川原毛)の一つで、862年に慈覚大師 が開山。
 ・ 開山は貞観4年(862年)。開祖は天台宗を開いた最澄の弟子である慈覚大師円仁。地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られる。
 ・ 862年に慈覚大師円仁 が開山したと言われています。
   「今から約1200年前、円仁が唐の五台山で 修行中のある夜、一人の聖者が夢枕に立ち「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に行けば霊峰がある。
そこに地蔵尊一体を刻み、その地に仏道を広めよ。」と告げ、そのお告げに従い帰国して諸国を行脚したところ、ついに夢のお告げと符合する地、この恐山に
たどり着いた」と言われています。大師はここで地蔵尊一体を刻み、地蔵経を収め、今日の恐山信仰のもとを開きました。 
 ・ 恐山は、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称である。外輪山はの八峰。「恐山」という名称の単独峰はない。
 ・ 火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景と、美しい宇曽利湖の「極楽浜」との対比が特徴である。寺名は恐山菩提寺、本坊はむつ市田名部にある
曹洞宗円通寺である。本尊は延命地蔵菩薩。
 ・ 立ちこめる硫黄臭と荒涼とした風景はまさに異空間、地獄と極楽を垣間見れます。
 ・ 恐山には史料に残された噴火記録はなく、地質調査の結果からも、最後の噴火は1万年以上前と見られている。
 ・ 恐山自体が火山であるため、境内には温泉が湧いている。恐山境内にある4つの薬湯 『冷抜の湯(男湯)、古滝の湯(女湯)、薬師の湯、花染め湯』 は、
それぞれに効能があり、参詣者は自由に入浴できます。
 ・ 下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられている。恐山大祭や恐山秋詣りには、イタコマチ(イタコがテントを張って軒を
連ねている場所)に多くの人が並び、イタコの口寄せを聞く。
 ・ イタコの「口寄せ」は、相談者の悲しみや悩みを軽くするなど、ヒーラーとカウンセラーの役割も果たしている。
 ・ イタコは、恐山大祭(7月20日〜24日)と恐山秋詣りの年2回、恐山の境内の中にいる。予約制ではないので順番待ちとなり、料金には特に決まりがなく、
”こころざし”を渡すのがしきたりである。目安は一人降ろしてもらって、3,000円位。
 ・ 「恐山」と呼ばれる由来は、諸説あるようですが、ひとつは、このあたりの山中で修業をしていた慈覚大師が、飛んできた一羽の鵜によって導かれ、
蓮華八葉と呼ばれる外輪山に囲まれひっそりと三途川へその湖水を流し込む湖を発見した。大師は湖を「宇曽利湖(うそりこ)」と名付け、
それで「ウソレヤマ」と呼ぶようになり、のちに転じて「恐山」となったという説。他の説としては、青森県によくあるアイヌ語由来説。アイヌ語の「ウッショロ(湾)」とか
「ウサツオロヌブリ(灰の多く降る山)」から来ているというもの。

 ・ 恐山の麓にある宇曾利山湖は、強酸性(pH3.5)の死の湖。青い静寂な湖面が不気味。 ウグイ(コイ科の淡水魚)が生息している。
 ・ 恐山街道(青森県道4号)には途中、整備された湧き水冷水(ひやみず)があり旅人の喉を潤している。この湧き水を1杯飲めば10年、2杯飲めば
20年、3杯飲めば死ぬまで若返ると言われている。
 * 開山期間 毎年5月1日〜10月31日 ・ 開門時間 午前6時〜午後6時 ・ 入山料 500円(2008年現在) ・ 大祭典 毎年7月20日〜24日 
・ 秋祭典 毎年10月9日〜11日
 * 参拝所要時間は最短順路で約40分。
 * アクセス: 青森空港、新幹線八戸駅からのレンタカーが良い。  JR東日本大湊線下北駅から下北交通バス恐山線で約40分。開山期間のみ運行。
1日4往復。
 * 三沢空港は、梅雨時期等霧が発生しやすいので飛行機の欠航に注意が必要。
                                                                            (〜フリー事典等より)

【訪問記】
 ・ 訪問 : 2008.(H20).10.1(水) 
 ・ 青森空港からレンタカーにて、118k、途中休憩を含め約3時間走行、恐山街道の途中、有名な湧き水の冷水(ひやみず)があり3杯飲む。 
従って死ぬまで若返る?。
 ・ 恐山直前で、宇曽利湖と三途の川にかかる太鼓橋から恐山の霊場が前方に見える。
 ・ ようやく非常に広い恐山参拝用駐車場に到着。
 ・ 山門を潜ると、荒涼たる風景につつまれた恐山が目に入る。霊界の入口、異次元の世界が広がっている感じ。
 ・ 硫黄と岩だらけの空間が眼前に広がっている。この辺一帯は休火山で、亜硫酸ガスがあちこちで吹き出しているのでまるで地獄の光景。
 ・ 無数の無縁塔、御霊石等に加え、宇曽利湖、賽の河原、地獄谷、血の池等など、名前だけでも結構気味悪い名の池などが続く。
 ・ 死者の御霊を呼び、口寄せ(口うつし)を行なうイタコがいる霊場として有名なだけあって、場所的に雰囲気バツグン。
 ・ イタコは大祭(7月20〜24日)と秋祭りの時期だけで、いつでも恐山の霊場にいるものではないようです。
 ・ 「六大地蔵」「奥の院不動妙王」「延命地蔵」「水子供養御本尊」「千手観音」「五智如来」など沢山の石仏が点在する。その他、三途の川や色々な
名前の付けられた地獄が沢山あり、またそれと対照的な極楽浜がある。つまりここには、地獄と救世主の仏から天国まで、全てが存在するのである。
 ・ 所々に名物の風車がカラカラと寂しい音を立てており、その音に導かれて歩んでいくと、あの世をさまよい、死と再生を体感できるような気がするようです。
 ・ 参拝路は遊歩道的で参拝順路の表示板が随所に立てられていました。
 ・ はそれほど高くない山なので、まるで盆地に来たような気がするが、聖地にふさわしい風情があるのは一目瞭然である。
 ・ エネルギー的には、恐山自体には感じられず、宇曽利湖の白砂の極楽浜の浜辺付近が、癒しのエネルギーを感じました。
 ・ 約1時間半の散策を終え、明日の白神岳登山のため弘前へ移動。

 冷水  〃  三途の川の太鼓橋
 六大地蔵  山門  冷抜の湯
山門前の出迎え地蔵  地蔵
無限地獄  大王石  大師堂
大平和観音 英霊地蔵尊 極楽浜と宇曽利山   手前:賽の河原 
 イオウ泉  霊場恐山  イオウ
 八葉塔・慈覚大師坐禅石  紅葉  苔、藻
 八角円堂  賽ノ河原  胎内くぐり
 地蔵  金掘地獄  恐山全景
 地蔵群  三途の川の太鼓橋下で咲いてたハマナスと実 下北半島、野辺地の風力発電

【 奥奥入瀬渓谷・十和田湖 】

 恐山訪問に合わせて、白神岳、岩木山・八甲田山登山の他、奥奥入瀬渓谷・十和田湖へも立ち寄りましたのでスナップ写真をご覧下さい。

 銚子大滝  奥奥入瀬  九段の滝
 雲井の滝  白糸の滝  〃
 十和田湖  十和田湖畔の乙女の像  稲田

8)尖山

 場所 : 富山県 富山市
尖山(トガリヤマ、とんがりやま)》
 ・ 標高559m。
 ・ 地元の人は“トガリ山”と呼ぶ。
 ・ 青銅製鏡が出土した事からも祭祀場であったと言われている。
 ・ 富山のパワースポット、UFOの飛来地とも言われてる。
 ・ 石には磁気異常が認められる。
 ・ 磁場の乱れの原因の一つとして、独立した峰の為、長い年月の間に山頂に多くの落雷を受けて岩石が磁場を帯びた為との説もある。
 ・ 尖山は、昔は布倉山と呼ばれていた。(倉とは神の座の事)。
 ・ 尖山は標高559,5mで平均勾配は63度と急峻ではあるが、登るのは子供の足でも簡単である。 登山道入口からだと307m程度という小さな山。
 ・ 約30〜40分程度のハイキングコース並の気軽さ。
 ・ 神秘的な話が多く最近ではUFOを見たっという人もいて結構注目されている。
 ・ “天気がいい日でも女が登ると雨が降る”という伝説がある。尖山は雨がよく降ると言われている。
 ・ 尖山はその急峻で正確な容姿において、最も有名な日本のピラミッド。
 ・ 太古日本のピラミッドの発見者である酒井勝軍は、理想的なピラミッドの形態は76度50分という非常に急峻な勾配を持つ、と言及している。
 ・ 日本のピラミッドの中でそれに最も近い勾配を持つのが、この尖山。 
 ・ 尖山標識。ストーンサークルの下からは古代に祭祀で使用したと考えられる青銅製の鏡が出てきている。
 ・ 頂上付近では磁気異常も認められる。
 ・ 飛騨高山の位山や日輪神社は尖山の南に位置する。  
 ・ 尖山を調査した富山大学の山口教授によれば、北側斜面に数十メートルにわたる石組みの跡が発見され自然の山を加工したピラミッドではないかと
云われている。  
 ・ 富山ではこの尖山を中心に神社仏閣が放射線状に並んでいるという。  
(富山のピラミッドライン ⇒ http--taiyo.goraikou.com-nihon-03kurai-map-hida02.htm。)

  ※ 『竹内文書 』
   ・ 昭和10年、茨城県の皇祖皇大神宮の神主であった竹内巨麿が代々受け継がれてきた神代文字で書かれた文書で、日本三大奇書の一つ。
   ・ 天地開闢の歴史が綴られ、アトランティス大陸やムー大陸を連想させる「失われた大陸」についての記述がある。
   ・ 皇祖皇大神宮は現在の富山にあった。その場所は太古世界の中心であり、モーゼ、キリスト、マホメット、釈迦、孔子といった聖人がみな
その世界の中心目指してやってきたと書かれていた。
   ・ 「竹内文書」に「アメヤヒロトノアメツチヒヒラミツト」という言葉があり、「ヒラミツト」が尖山。

  ※ アクセス
  @ 《新村尖山登山口》
   ⇒ ⇒ 国道8号線から3号線〜6号線を「立山博物館」方面に進む。
        立山町横江の「あるぺん村」の直ぐ先に「尖山登り口30m先」の看板どうりに左折。
        後は細い道路を1、6km道なりに進む。 突き当りまで行けば8台位の駐車場スペースがあるのでそこから登る。
  A 《尖山登山口》 
   ⇒ ⇒ 国道8号線から3号線〜6号線を「立山博物館」方面に進む。
        横江駅前を左折、道なりに進むと登山口。

                                                            (〜フリー事典等より)
    ※  参考HP  ⇒ ⇒  創楽 富山の低山 尖山登山1(コース詳細説明)


  【 訪問 −2  】   2015(平成27年 5月25日) 
 ・ 富山での「黒部名水マラソン大会」参加。 フルマラソン完走100回目達成の翌日、金沢兼六園観光を済ませた後、久し振りに「尖山」を訪問しました。
 ・ 6年前と、全く変わっていないようでした。
 ・ 山頂直下の階段に鉄の鎖が設置されてました。
 ・ 今回も山頂での磁気の異常を確認出来ました。 
 ・ 今回は、スマホで、現在地表示をクリックしたところ、現在地方向表示が、非常に不安定な状態で約1秒毎に左右30度位、脈動した状態のままでした。
 ・ 瞬間的に、表示位置が他の場所にジャンプすることもありました。
 ・ 方位は西側にズレて指示してました。
 ・ 今回もさほど霊妙な波動を感じませんでした。


  【 訪問 −1  】   2009(平成21年 5月 9日)

 ・ 日本二百名山である“笈ヶ岳登山”と同時に、効率的に“尖山”を訪問しました。
 ・ 国道8号線から3号線〜6号線を「立山博物館」方面に進む。 富山の街を出て国道6号線を東南方向に走る。田園風景の中に幾何学的な三角形の山が
見えてくる。
 ・ 横江駅直前を左折、道なりに登りのヘアピンカーブを進むと登山口に到着。
 ・ 歩き易い登山道を約30分弱で山頂に到着。 途中、鉄板が置かれた小さな沢を一度渡る。
 ・ 山頂直下の急階段を登り切ると山頂。
 ・ 尖山の頂上は約10畳ほどで、ベンチが3ヶ所あり、“山頂からの展望看板”がありました。
 ・ 山頂からの展望は良好で、富山平野や真っ白な雪に包まれた剣岳等の北アルプス系の山々を眺望できました。
 ・ 山頂には非常に分かり易い立山連峰の展望案内板が設置されてました。
 ・ 山頂には三角点があり、比較的大きな岩のかけらがストーンサークル状に並んでいる。
 ・ 地磁気異常を、コンパスで調査したところ、三角点から1m離れた所の岩の上で、3ヶ所コンパスの向きが30度位のズレが生じました。
 ・ 感覚的には位山とは異なり、ヒーリング的な感覚は余りありませんでした。

 【 訪問 −2  】   2015(平成27年 5月25日) 
 登山道脇のヤマツツジ  山頂直下  尖山 山頂  559m
 山頂の三角点  三角点にて、コンパス&スマホの方位表示 : “北”が西側にズレて表示。         山頂全景
 水場 : 登山道の清水    ガクアジサイ  ユズリハ
 ユズリハの説明
 【 訪問 −1  】   2009(平成21年 5月 9日)
 尖山  〃  登山口
登山道  〃  山頂
山頂からの展望 看板  館山連峰
 三角点と頂上  三角点に置いたコンパス    沢
 タニウツギ ヒメシャガ
 野原

V.【寺・墓 等】

.《 イエス・キリストの墓 》
 ・ キリストの墓は、キリスト教において、イエス・キリストが埋葬された後、復活したと信じられている墳墓。
 ・ 一般にキリスト教徒に信じられているところでは、キリストの墓の場所はエルサレムの聖墳墓教会あるいは園の墓(Garden Tomb)である。
しかし、異説も存在する。
 ・ 新郷村の観光の目玉、キリストの墓。村にとって貴重な観光地のようで、駐車場や遊歩道もちゃんと整備されている。キリストの墓の他、「キリストの里伝承館」に
資料が展示されている。
 ・ イエス・キリストの墓と「キリスト伝承館」という資料館が、十和田湖から東へ県道454号線を車で45分ほど走った所、青森県の三戸郡新郷村大字戸来にあります。
 ・ ゴルゴダの墓で磔に処せられたはずの「イエスキリスト」の墓がなぜこの日本の青森に存在するのか。
 ・ キリスト伝承館、墓の案内板の説明文
   ⇒ ⇒  『 イエスキリストは二十一才のとき日本に渡り12年の間神学について修行を重ね三十三才のとき、ユダヤに 帰って神の教えについて伝道を
行いましたが、その当時のユダヤ人達は、キリストの教えを容れず、かえってキリストを捕 らえて十字架に磔刑に処さんと致しました。しかし偶々イエスの弟
イスキリが兄の身代わりとなって十字架の露と果てたの であります。他方、十字架の磔刑からのがれたキリストは、艱難辛苦の旅をつづけて、再び、日本の土を踏み
この戸来村に 住居を定めて、百六才長寿を以て、この地に没しました。この聖地には右側の十来塚にイエスキリストを、左側の十代墓に 弟イスキリを祀っております。
以上はイエスキリストの遺言書によるものと謂われております。』

・ 《発見の経緯》
  ⇒⇒ @ 1935年(昭和10年)8月初に、鳥谷幡山が1934年(昭和9年)10月に見つけた大石神のピラミッド確認のため青森県戸来(へらい)村(現在は
三戸郡新郷村大字戸来。)を鳥谷とともに訪ねていた竹内巨麿(たけうちきよまろ)は、2間〜3間の長方形の盛り土をみると立ち止まり、それが古文献を一人で
調べた結果により、そこに統来訪神と書いた目標と前の野月の二ツ塚に「十来塚」と書くよう村長に話したという。
   A この後竹内巨麿は竹内文書に、「イスキリス・クリスマス。福の神。八戸太郎天空神。五色人へ遣わし文」にはじまる記述や「イスキリス・クリスマス」の遺言が
あるとし、イスキリス・クリスマスはゴルゴダの丘で処刑されず、弟のイスキリを身代わりにして日本に渡来して死に、その墓が「十来塚」であるとする。
このイスキリス・クリスマスがイエス・キリストであり「十来塚」が「イエス・キリストの墓」であると言っている。
 * 茨城県の竹内巨麿という人が「ここがキリストの墓だ」と断定したのが始まり。  
 ・ 竹内家には、キリストの遺言書やモーゼの十戒石などの資料を多数所有しており、(戦前政府の弾圧等で多くの資料が焼失させられた)その中の神代史
(竹内文献といわれる)から、次のようなことが明らかになったそうである。
   ⇒ ⇒ 『キリストは22歳のときに行方不明になり、33歳のときに忽然と現れて教えを説いたのだが、この11年間の行動は聖書にもまったく記されていない。
   実は、このときキリストは日本へ来ていて、越中の国にいた尊き方の弟子になって修行を重ねていた。
そして11年間の修行を終えたキリストは日本を去ってユダヤに帰国し、周囲の人々に日本の尊さを語りつづけたという。
   しかし、キリストの教えは当時のユダヤ教には受け入れられず、捕らえられて磔刑に処せられることになったのだが、実は磔になったのは弟のイスキリであった。
生き延びたキリストは、4年間シベリアを放浪した後、アラスカから船に乗り、現在の八戸に上陸。
再来日したキリストは名前を「十来太郎大天空」と改め、ミユ子という女性と結婚して106歳まで生き、この地に没した。』
  ・ このことを実証しようとした竹内巨麿は、調査の結果、戸来村(現在の新郷村)の竹やぶの中にあった土まんじゅう2個を見つけ、それぞれキリストの墓
(十来塚)とイスキリの墓(十代墓)ということになった。

・ 《イエス・キリスの生涯》
  ⇒⇒ @ キリストはユダヤを離れ、シベリアを横断し、アラスカから船に乗って青森県八戸に上陸した。
  A キリストは20代の時にも日本に来ており、再上陸したのちは日本人の妻をめとり、新郷村で3人の娘を育てた。
    ・ キリストが21歳の頃始めてこの日本に訪れ(十一代垂仁天皇の御代)日本の越中国で11年間日本語を会得し、そのあと33歳で故郷に戻り日本の尊さを
説いて回った。
  B 磔に処せられたときは、実は弟のイスキリが身代わりとなりイエス自身は、シベリアから日本に船で渡り八戸へ上陸し「十来太郎大天空」と名を改め
陸奥国 戸来村(今の新郷村)に移住し「ミユ子」という婦女を娶り三人の女子を授かり106歳の天寿を全うしたと記されています。
  * 弟イスキリの墓にはイスキリの耳が葬られているそうです。
   
《証拠・影響》
  ⇒⇒ @ この辺りの子どもに着せるちゃんちゃんこには、六芒星が描かれている。
  A ここの地方に古くから伝わる歌は、日本語では全く意味をなさないけど、ヘブライ語では読むことができる。
  B 「戸来」という地名も、「ヘブライ」という言葉が訛ったもの。 この地域の字「戸来(へらい)」という地名は「ヘブライ」が転訛したもの。
  C 旧家坂口家の家紋はユダヤの紋章と同じ。(坂口家の家紋は桔梗で五芒星に見える。ダビデの星の六角形でなく五角形にしたのは、恐れ多いという理由から
一つ減らしたらしい。)
  D 子供が生まれて初めて戸外に出すときに、額に十字を墨書する。ユダヤ教にある風習。
  E 足にしびれが切れたとき、人差し指につばを付けて額に十字を3回えがく。
  F 父親を「アヤ」、母親を「アパ」と呼ぶのは、「アダム」「イブ」の転訛したもの。
  G 盆踊りの謎の文句「ナキャドヤラー、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラー」は古代ヘブライ語で「お前の聖名をほめ讚えん、お前に毛人を掃蕩して、お前の聖名を
ほめ讚えん」と訳せる。
                                              (〜フリー事典等より) 

 【訪問記】
 ・ 2008年(平成20年)10月4日。
 ・ 奥奥入瀬探索後、十和田湖に立ち寄った後、『キリストの墓』と、「キリスト伝承館」という資料館を見学。
 ・ 予想していたより立派で、資料館まであるという、村では相当PRしているようでした。
 ・ 世間に知れ渡り、新郷村は神秘の村として人々の注目をあびるようになっているようで、公に認められていない状況でも村としては唯一の観光資源でもあるようで
微妙な態度をとっている感じです。
 ・ 今のところ学会を始め一般的にはトンデモ的なレベルでしかありませんが、次第に真実味が増してきて、受け入れる時期がやがて訪れると思います。
 ・ 近い将来、宇宙のデータバンクである“アカシックレコード”にアクセスする人が増加し、次第に真実が解明されると思います。
 ・ 近くの大石神ピラミッドを探索する。  ⇒  ⇒  

 入口  墓全景 右:イエスの墓、左:弟のイスキリの墓  案内板
 イエスの墓   案内板  イエスの墓
 イエスの墓  〃  イスキリの墓
 手前、イエスの墓  資料館の資料(生まれた赤ん坊の額に十字を刻印)  資料館の資料(沢口家のダビデ疑似紋章)

3.寺
3-2−1《 東京  高尾山薬王院 》
 
 ・ 薬王院は奈良時代に開山された由緒ある信仰の山。
 ・ 薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来。
 ・ 正式名称「高尾山薬王院有喜寺」は今から1260余年前の天平16年(744)に、聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基菩薩により開山。 
 ・ 薬王院の名は創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来。現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られてる。
 ・ 高尾山薬王院の御本尊飯縄大権現(いづなだいごんげん)不動明王の仮の姿として衆生を救済する徳を備えた仏神です。
 ・ 本地の不動明王のほか、迦楼羅天、荼吉尼天、歓喜天、宇賀神と弁財天の五相合体をしたお姿とされている。 

 * 高尾山薬王院 
 ・ 薬王院は今から約1200年前に開山された真言宗の寺院で、正式には「高尾山薬王院有喜寺」といいます。現在は成田山新勝寺、川崎大師平間寺とともに真言宗智山派の三 大本山として広く知られています。
 ・ 御本尊は「飯縄大権現」。不動明王の化身。
 ・ 古来、高尾山は修験道のお山といわれております。修験道を修める人のことを山に臥し野に臥しながら修行することから「山伏」と呼ぶようになりました。
 ・ 高尾山には、今もなお「琵琶滝」と「蛇滝」の二つの滝を擁し、滝修業の道場として、一般の方にも門戸を開いております。

 * 大本堂
 ・ 高尾山薬王院の本堂。 ここでは厄除けをはじめ、病気平癒、開運、学業成就、火防など多くのご利益があります。高尾山のパワースポットの中心。

 * 飯縄権現堂
 ・ 拝殿、幣殿、本殿の三殿一体となるところから「権現造り」とも言われます。  
 ・ 飯縄権現堂の正面両脇には、大天狗、子天狗、そして手前の山腹には36童子像が、それぞれ御本尊飯縄大権現の鎮座する聖域を形作っています。

 * 六根清浄石。
 ・ 六根は目、鼻、耳、舌、心、体の6つの感覚器のこと。 
 ・ 六根清浄とは、人間の大切な感覚器官を指し、物事を見つめる眼、匂いをかぐ鼻、音を聞く耳、味覚を味わう舌、感覚を感じる身、以上の大切な情報を判断する意(心)が清らかになる願いを神仏に祈る意味があります。
 ・ 六根清浄は、霊山に苦労して登ることによって可能だとされているそうです。
 ・ 石車は「懺悔懺悔六根清浄」(ざんげざんげろっこんしゅじょう)と唱えながら回しましょう。
 ・ 懺悔(ザンゲ)とは、心を迷わせる、貪り(自分最優先の心)、怒り、愚痴(諦めたり挫けたりする弱い心)の三つの煩悩を悔い改め、反省の心を起こす意味だそうです。
 ・ 六根清浄石車は山内に18ヶ所あり、それぞれを6回転づつ回すことで108となり、人の煩悩の数と同じになります。

 * 八大龍王堂  
 ・ 仏教を守護する天龍八部衆の一つである龍族。
 ・ 難蛇(なんだ)龍王・跋難蛇(ばつなんだ)龍王・沙竭羅(しゃから)龍王・和修吉(わしゅきつ)龍王・徳叉迦(とくしゃか)龍王・阿那婆達多(あなばだった)龍王・摩那斯(まなし)龍王・憂鉢羅(うはつら)龍王の八王をいいます。
 ・ 龍神はインドに生まれ、中国に渡って仏法を守る八大龍王となり、朝鮮を経て日本に渡来したもの。
 
 * 願叶輪潜
 ・ この輪はご本尊様の智慧の輪。願いが叶うように強く念じながら石の輪をくぐり抜けてください。
 ・ 輪をくぐりぬけると煩悩を取り去り、智慧を得る効果があるといわれる大錫杖(だいしゃくじょう)がありますので、願いがご本尊様に届くよう、ご自分の氏名と住所を唱えながら強く打ち鳴らしてください。
  
 * 天狗像
 ・ 薬王院飯縄権現堂前には、右側に鼻の高い大天狗、そして左側には烏の嘴を持った烏天狗の小天狗の像が立っています。
 ・ 天狗様は飯縄大権現様の眷属(随身)として、除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、古来より神通力をもつとされ、多くの天狗伝説や天狗信仰があり、神格化されています。
 ・ この様に高尾山は、飯縄信仰と共に天狗信仰の霊山としても知られてる。

 * ひっぱりだこ
 ・ 隣のタコ杉から力を頂いたこのたこの像は、高尾山人気のパワースポットのひとつ。
 ・ 周辺の樹林は社寺林、御料林として保護されてきたため、今なお天然林の美しさをとどめてる。
 ・ 動植物の種類も多く、全域が自然公園の特別地域で鳥獣保護区の特別保護地区になってる。
 ・ ムササビ、テンなどの哺乳類のほか、夏にはキビタキ、ヤマガラ、クロツグミ、オオルリ、冬にはウソなど豊富な野鳥を見ることがでる自然の宝庫の高尾山。
 ・ 都心からの交通の便にも恵まれ、日帰りでもゆっくりと山歩きが楽しめる国定公園で平成19年に富士山と並んでミシュランの三ツ星に指定された素晴らしい山。
 ・ レストランや観光地の格付けで有名なフランスのミシュランが初の日本版旅行ガイドブックを発行し、山では高尾山が富士山と共に三つ星の観光地として選ばれました。

 ・ 麓からはケーブルカー、リフトで中腹の海抜472メートル付近まで登れる。
 ・ 歩いて登る道も3ルート(1・6・稲荷山)あり、いずれのルートも1時間30分ほどで山頂に達することができる。
 ・ 年間の登山者数は約260万人を超え「世界一登山客の多い山」と言われている。
 ・ トイレ・・・小仏バス停、景信山頂、小仏城山山頂、一丁平苑地、もみじ台、高尾山頂。 いずれも綺麗。
 参考・引用元 

 ・ 
高尾山薬王院公式ホームページ - 八王子市  ⇒  http://www.takaosan.or.jp/
 ・ 
パワースポット盛りだくさん 高尾山ご利益巡り | 高尾山遊歩  ⇒ https://takaozanyuho.com/knowledge/powerspot 

  2017年(H29)9月30日 訪問
   不動堂  〃
 各霊場  高尾山薬王院  本堂の壁:絵模様  高尾山薬王院  本堂
 カラス天狗 〜 小天狗  六根清浄 石車   カラス天狗 〜大天狗
 六根清浄 石車  〃  〃
 薬王院 大本堂  〃  薬王院 本社(権現堂)
   キキョウ  愛染堂
 〃   魔除  お土産 福フクロウ
 縁結び  願叶輪潜 : くぐることで厄を退けられる  〃
 この鐘を打って願い成就  婆伽羅(しゃから)龍王  大天狗(鼻高天狗)と小天狗(烏天狗)像
 ツリバナと小天狗  石車  天狗の腰掛杉
 苦抜け門  ひっぱりだこ  タコスギ
 ウメモドキ  シュウメイギク  高尾山口駅前の案内板

   2016年(H28)12月29日 訪問
 高尾山 山頂  高尾山薬王院  本堂  本堂の壁:絵模様
高尾山薬王院  〃  〃   高尾山のカラス天狗 〜大天狗
 高尾山のカラス天狗 〜小天狗  六根清浄  〃
 高尾山薬王院   三十六童子の像  〃
 〃  〃  〃
 八大竜王堂  大天狗
 小天狗  六根清浄  天狗の腰掛杉
 杉並木  苦抜け門
 ひっぱりだこ  たこ杉  お地蔵さん



 
3-3−1《 神奈川県 大船観音寺 》

 ・ 大船観音寺は、神奈川県鎌倉市岡本一丁目にある曹洞宗の寺。全長約25mの巨大白衣観音像で知られる。正式には「白衣観音像」。
 ・ JR大船駅西口より徒歩10分程度。曹洞宗の寺。全長約25mの巨大白衣観音像(大船観音)で知られる。JR大船駅西口より徒歩10分程度。 
 ・ 大船駅のすぐ西側、無我相山の山頂に立つ大船観音は、高さ約25m、鉄筋コンクリート造りの聖観音上半身像で、1960(昭和35)年に完成した。
  観音の胎内には20分の1の大きさの原型像や十一面観音像が祭られている。
 ・ 大船観音は、1929(昭和4年)、護国観音として築造が開始されたが、日中戦争や第二次世界大戦の影響で一時中断された。 
  その後、1954年(昭和29年)、曹洞宗管長高階瓏仙(黙仙寺二世)が中心となって「財団法人大船観音協会」が設立され、1960年(昭和35年)に完成した。
  「財団法人大船観音協会」は1981年(昭和56年)に解散し、現在は曹洞宗大船観音寺と改称された。 
 ・ 第一次世界対戦が終わった昭和4年に地元の有志により『平和を願うために観音様におすがりする』為に観音様が作られました。
その後は第二次世界対戦が始まり、戦後まで放置されていたとか。
最初は観光名所としての観音様でしたが、昭和56年に曹洞宗の仏閣として大船観音寺となりました。
 ・ 白衣観音は、阿弥陀如来の后でもあり観音菩薩の母でもあります。 子宝観音としても多くの人が訪れます。

 ・ 参拝料  300円。

  ※ HP  ⇒ ⇒  大船観音寺ホームページ
               インパクト大!大船観音さま

 大船駅前より  観音像直下より  〃 : ツツジ
 観音像 登り階段  観音像直下より : ジギタリス  〃 : 藤
 観音像直下より  〃  観音像内部、胎内にある20分の1サイズの観音
  観音像内部、胎内にある「千体仏」  除夜の鐘
 「原爆被災祈念碑」  「平和祈念碑」  クス

 
 3-2-2《 神奈川県 鎌倉大仏 》

  【 鎌倉大仏 】
 ・ 高徳院(こうとくいん)は、神奈川県鎌倉市長谷(はせ)にある浄土宗の寺院。本尊は「 鎌倉大仏」「長谷の大仏」として知られる阿弥陀如来像(国宝)。
 ・ 国宝銅像阿弥陀如来坐像。  ・ 高さ11.31m。
 
 ・ 鎌倉幕府第三代 執権・北条泰時の晩年になってから作り始めた。「 現在の金銅仏は、建長4年(1252年)に製造が開始。完成当時は全身に金箔が施され、
  大仏殿に安置されていたとされ、その後、地震や津波で大仏殿が崩れ、露座の大仏になった。
  境内の観月堂は李王朝の月宮殿を移築したもので、その脇に歌人・与謝野晶子が大仏の魅力を詠った歌碑もある。
 ・ 長谷(神奈川県)駅[出口]から徒歩約8分。 拝観料 200円。
 鎌倉 大仏   〃  〃
 大仏 :   〃  わらじ
 大仏内部:胎内  〃  胎内の説明

 3-2-3《 神奈川県 長谷寺 》

  【 長谷寺 】
 ・ 神奈川県鎌倉市にある浄土宗系統の単立寺院。 
 ・ 天平8年(736)の創建と言われ、坂東33ヵ所観音霊場の四番札所であり、本尊の十一面観音は高さ9.18mあり木造では日本一と言われています。
 ・  開山の徳道によって一本のクスノキ から彫られたという本尊の「木造十一面観音像」は、高さ9.18メートルで日本最大級の木彫仏。。
 ・ 鎌倉の西方極楽浄土と謳われ、1年を通じ「花の寺」として親しまれる長谷寺
   坂東観音霊場の第四 番札所として、往古より衆生の崇敬を集める古刹でもある。
 ・ 本尊の十一面観音像は、歴史のある木造の仏像として は日本最大級。「海光山」の山号のとおり境内からの海の眺望が素晴らしく、
  紫陽花・紅葉が美しいことでも知られます。
 
 「原爆被災祈念碑」  「平和祈念碑」  クス
 門前  境内図  卍池
 千体地蔵  〃  〃
  千体地蔵  布袋尊  観音堂 : 十一面観世音菩薩 安置
 阿弥陀堂  阿弥陀像  鐘
 和ごみ地蔵  弁財天  
 七福神 : 大黒天  入口門番 : 仁王様  〃
 シュウメイギク  ハス  洞窟
 案内板  祈り和音  大仏足
  ※  鎌倉 風景、店
 《  長 谷  》
 江ノ電 : 長谷駅  案内板
  江ノ電 : 長谷駅前  江ノ電 : 長谷 〜 鎌倉  長谷駅前、郵便ポスト
 由比ヶ浜  〃
 案内板  〃  海鮮丼
 甘味  〃  洗顔地蔵
 洗顔石鹸  和甘
 洗顔石鹸  キャラ  豆
 ガチャピン  ドラヤキ

3−3《長野県:善光寺》

訪問 : 2008.(H20)5.25(月) 
 場所 : 長野県
長野市元善町。 
 【善光寺】(ぜんこうじ)
  ⇒ 長野県長野市大字長野に位置する無宗派の仏教寺院。 無宗派の単立寺院。山号は「定額山」(じょうがくさん)。
  ・ 今から千三百有余年の昔、本多善光を開山年、皇極天皇(西暦六四二年)の勅願によって創建された無宗派のお寺。
  ・ 寺号の「善光寺」は、開山善光の名を勅許により、そのままつけたものといわれている。
   現在の本堂は、元禄十六年(1703年)起工、宝永四年(1707年)に落成したもので、十二回目の建築。
これは大同四年(809年)の炎上以来、元禄十三年(1700年)の火災まで、11回の焼失。
  ・ 創建は7世紀末。
  ・ 天台宗と浄土宗の別格本山ともなっている。 
  ・ 天台宗の大勧進と25院、浄土宗の大本願と14坊により運営されている。 
  ・ “一生に一度は善光寺参りを” と言われ、全国から参拝者が集まる善光寺。
  ・ 一宗一派に偏せず参詣した人すべてを極楽へ導くと説いているので、多くの人々の崇敬を集めてきた。
  ・ 本尊の一光三尊阿弥陀如来立像は日本最古の仏像とも言われ秘仏。御分身である前立本尊は7年に1度開帳される。
  ・ 本堂は、高さ20mの檜皮葺きの山門の最奥に、間口約24m、奥行き約53m、高さ約27m。
  ・ 入母屋二重造りの大屋根を支える柱の数は108本で、仏教で説く人間の煩悩の数に合わせている。

  ・ お戒壇めぐり
     〜 
本尊が祭られている厨子の下に真暗な回廊があり、これを手探りで一巡しながら本尊の真下にかかる鍵に触れると極楽往生が約束されると言う。
                                                                          (〜フリー事典等より)
 ・ 平日にもかかわらず、大勢の参拝客でした。 
 ・ “お戒壇めぐり”のため、本堂から地下への階段を降り、左方向へずり足で約2分位で、腰の位置にあった“鍵”に触れました。
 ・ 全般的には、“エネルギースポット”というよりはお参りに適した場所といった雰囲気でした。

 【平成20年 5月25日 】 参拝
善光寺庭園  〃  本堂
 〃  山門  六地蔵
 地蔵  鐘堂



W.その他

.《 七福神 》

 七福神
 ・ 七福神とは、広辞苑によると七柱の福徳の神とあり 大黒天、恵比寿神、 毘沙門天、 弁財天、 福禄寿、 寿老人、 布袋和尚 という神々である
 ・ 七福神(しちふくじん)とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神である。

 ・ 一般には以下の七柱の神とされる。恵比寿 古くは「大漁追福」の漁業の神であり時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となった。
大黒天 ・・・ インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神と日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。
毘沙門天 ・・・ 元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神で、これが仏教に取り入れられ日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。
弁才天 (弁財天) ・・・ 七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。
福禄寿 ・・・ 道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神ともされる。
寿老人 ・・・ 教の神で南極星の化身の南極老人。
布袋 ・・・ 唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の僧。
 ・ 七福神の信仰は、室町時代の末期のころより 生じ、当時の庶民性に合致して民間信仰の最も完全な形となって育てられました。
 ・ 特に農民、漁民の信仰として成長し、現代に生き続けてきたのです。七福神のうち、大黒天 毘沙門天 弁財天は仏教出身が明らかですが他の恵比寿神 布袋和尚
 寿老人 福禄寿についての文献は少なく、布袋 和尚 寿老人 福禄寿は、中国の道教、神仙観とされています。仏教を中心として中国宗教と混合して出現したのが
七福神と称されています。七福神の信仰七種の徳を支配する神として室町の末期ごろから盛んになり、そのころ中国から輸入された思想と古来より日本で信じられていた
俗信と仏教思想とが入り混じって生じた信仰であると伝えられています。七福神は夢まくらに宝船にのって現われると福が授かるといわれ、初夢の枕下に入れて、
吉夢を見ることがはやったそうです。
 ・ なでしこジャパンの監督が優勝祈願したという河口湖にある黄金の七福神です。 富士河口湖在住の漫談家、綾小路きみまろ氏が寄贈した「黄金の七福神」
 ・ 富士河口湖町在住の漫談家、綾小路きみまろ氏より寄贈いただいた世界で唯一の『黄金の七福神』が河口湖畔に設置されました。 
 ・ 『黄金の七福神』は、河口湖北岸、湖北ビューライン(河口湖美術館通り)湖沿いに設置。(「恵比寿神」は小立地区の梨宮公園内)「布袋尊」が あ・うん亭近く、
「大黒天」「毘沙門天」は河口湖美術館のそば、「弁財天」は河口湖UKAIオルゴールの森美術館そば、「寿老人」が河口湖円形ホールそば、「福禄寿」があかり亭そばにある。
                  (〜フリー事典等より)
  参考 HP   ⇒ ⇒ 七福神巡り

  黄金の七福神  H24.5.18 撮影
  H24.5.18  福禄寿  〃
 寿老人  〃  〃
  寿老人  〃  布袋尊
  布袋尊  〃  〃
 布袋尊  弁財天  〃
 弁財天  毘沙門天  〃
 毘沙門天  〃  〃
 大黒天  〃  〃
 大黒天  〃  〃
 恵比寿  〃  〃
 恵比寿  H24.5.18  河口湖IC付近より  H24.5.19 河口湖より


W-2 【 富士山 鳴沢氷穴 】

 ・ 国指定天然記念物 タテ穴環状形。
 ・ 溶岩が流れ出た後にできた空洞で、青木ヶ原樹海内にあり、全長153mの溶岩洞穴。中には年間を通して氷柱がある。
 ・ 環状型なので一周しながら洞穴の表情を楽しむことができる。
 ・ 富鳴沢氷穴は青木ヶ原樹海の東の入口に位置し、年間を通して観光客がたえず富士五湖観光のひとつに数えられています。
 ・ 今から1130年以上前の貞観6年(864)富士山の側火山長尾山の噴火の際、古い寄生火山の間を灼熱に焼けた溶岩流(青木ヶ原丸尾)が流れ下ってできたのが、
この二つのトンネル式になった洞窟です。
 ・ 富鳴沢氷穴は青木ヶ原樹海の東の入口に位置し、年間を通して観光客がたえず富士五湖観光のひとつに数えられています。 今から1130年以上前の貞観6年(864)
富士山の側火山長尾山の噴火の際、古い寄生火山の間を灼熱に焼けた溶岩流(青木ヶ原丸尾)が流れ下ってできたのが、この二つのトンネル式になった洞窟です。
 ・ 樹海の中の洞窟は玄武岩で形成され、標高1000mという場所と樹海の中という場所が夏でも氷が溶けずに残っている現象を生み出す。
   (〜フリー事典等より) 

富士山 鳴沢氷穴     H24.521 撮影
 鳴沢氷穴 解説案内-4   〃   〃
 鳴沢氷穴 解説案内-7  〃  〃
 鳴沢氷穴 解説案内-11  〃  〃
 鳴沢氷穴内部の氷  〃  〃
 鳴沢氷穴 入口  溶岩樹型
  H24.5.19  早朝の富士山  〃  〃

X.記念館

5−1.《 福来博士記念館 》

 ・ 福来友吉(ふくらいともきち:1869〜1952)博士。
 ・ 福来 友吉(福來 友吉、ふくらい ともきち、明治2年11月3日(1869年12月5日) - 1952年(昭和27年)3月13日)は、日本の心理学者、超心理学者。
東京帝国大学助教授、高野山大学教授。文学博士。念写の発見者とされる。 
 ・ 透視・念写などの超能力研究で知られる異端の学者です。 明治時代に透視と念写の実験をしたために、東京大学を追われた科学者 である。
 ・ 彼の出身地岐阜県 高山市の城山照蓮寺にに「福来博士記念館」が併設されている。 入場は無料。 (近くの照蓮寺とセットで200円) 
 ・ 福来博士の生涯、念写について紹介されている。 館内は約20畳位の1部屋のみ。 展示もほとんどパネルによるもの。
 ・ 明治時代に、超心理学の研究をしていた福来友吉博士の研究資料や遺品として、心霊写真や念写写真などが展示してあります。
 ・ 昭和31年の開館なので、「リング」ブームだった時には当然存在、ホラー映画「リング」の「貞子」も福来博士の話が元ネタらしく、その原作に登場する
「三浦哲三教授」のモデルとなったのが、この福来博士と言われています。 
 ・ 駅から歩いて古い町並みを見ながら、高山城跡公園へと続く坂の途中に、ひっそりと建っている記念館で、約20分の場所。 
 ・ 記念館は照蓮寺が管理している。 

 《 訪問 》
 ・ 平成25年6月10日
 ・ 飛騨高山ウルトラマラソン参加の翌日、約40年ぶりに訪問しました。
 ・ 駅から歩いて古い町並みを見たり、高山陣屋、町の博物館を見学後、高山城跡公園への坂道をあがってすぐの左側に案内板があり、“茶処すぎ”の右隣にある
“記念館”に到着。
 ・ 朱色のカラカサが二つある横を進み、広く解放された玄関から展示場になってます。 室内照明スイッチを自分で入れ、帰りに切るようです。
 ・ 福来博士の生い立ちや、念写の実験成果などのパネルを懐かしく読みました。
 ・ 約40年経過現在も、心霊科学があまり世間に浸透していないのは残念に思います。 
 ・ 人間が本来持ち合わせている“超能力”や、“死後の世界”の正しい真実の情報が、2013年になっても未だに広がっていませんが、人類の意識が目覚めるまでは
時代の流れに沿っているようです。
 ・ やがて、再評価される時代がやってくると思います。

 全景  記念館 正面   経歴
 パネル説明  少年時代  苦学時代
 実験    高野山時代
 山本元資料館  説明板  修行時代
 実験  原理  月の裏面
 説明  ニュース写真  実験例
 実験例  説明  〃
 実験証明書  説明




5−2.《 直江津:国分寺・居多ヶ浜記念堂 》

 ・ 
 

 全景  記念館 正面   経歴